天満の乾物商店のお嬢様として生まれた桑田絹子は、幼い頃から日本舞踊を習い、良家の子女の通う女学校に入学する。しかし、友人が申し込んだOSKの試験に合格したことが、彼女の運命を決めた。彼女は親の反対を押し切って女学校をやめ、OSKに入団する。駒ひかるという芸名をつけた彼女は、戦火の激しくなりつつある時代にスターへの道を歩み始める。しかし、大阪大空襲があり、戦争が終り、OSKをやめた彼女は「駒ヒカルとミリオンショウ」を結成して各地に巡業をする。巡業の一座の中にいた会社員風の男性は、興行先に着くと着物に着替えて落語の高座にあがった。その名を桂米朝といった。駒ひかると桂米朝は数年の交際を経て結婚、長男の明がすぐに誕生する。後の桂小米朝である。住み込みの弟子が入って来た。ネタを練習しながら掃除機をふりまわしガラス類を次々と割っていくその弟子は、後に二代目桂枝雀を襲名することになる……。
人間国宝桂米朝のおかみさんは、普通の女性ではなかった、というのは聞き知っていた。かつてOSKの花形だったという。しかし、天満の大店のいとはんであることは知らなかった。
著者は産経新聞で長く芸能記事を書いてきたベテラン記者である。その間に蓄積された豊富な知識をバックボーンに、一人の女性の半生を通じて、戦時中から戦後にかけての芸能史を書き綴った。的確なインタビューに、多数収録されている図版、巻末の年譜など、貴重な証言と資料が本書の価値を高めている。芸能関係のことがらを記録に残すというのはどういう意味を持つのか、それを知り抜いた著者だからできることなのだろう。
芸能史の資料というだけではなく、それぞれの時代の雰囲気が伝わり、米朝師匠の素顔も知ることができる。優れた伝記でもあるのだ。芸能ファン必読の一冊だと断言してしまうぞ。
(2004年7月16日読了)