藤原京が完成し、飛鳥浄御原令が公布された元明天皇の世、その娘の氷高皇女は母から愛するものと結ばれると恐るべき運命が待ち受けていると告げられる。愛する長屋王との離別、妹である吉備皇女がその長屋王と結ばれるという皮肉な運命。さらに、蘇我の血を引く彼女たちに対して、朝廷を支配しようと狙う藤原不比等の登場。不比等の支配力は強まり、ついに元明天皇は都を奈良に移すことを決定する。氷高皇女は、母の死とともに皇位を継ぐ。美貌の女帝、元正天皇の誕生である。皇太子である甥の首皇子には不比等の娘がめあわされ、信頼していた長屋王は不比等の息子房前の陰謀で讒言され妻の吉備皇女もろとも滅ぼされてしまう。孤立無援となった元正天皇は、それでも首皇子のために、そして自分に流れる蘇我の血の誇りにかけて藤原一族と戦いつづける……。
資料の少ない奈良時代の女帝だけに、作者は想像力を広げて宮中を飾る陰謀の歴史に彩りを添えることに成功した。単なる飾りや中継ぎではない、飛鳥時代から奈良時代にかけての女帝たちの苦悩や葛藤が、鮮やかに描き出されているのだ。
例えば長屋王の乱ひとつにしても、歴史書の記述だけではわからないことが多くある。そこに生命を吹き込むという作業がいかに難しいことか。本書に登場する長屋王、藤原不比等らはまるで史実がこのようであったかのように生き生きと動いている。歴史小説の醍醐味は、歴史書に書かれている記録に生命を吹き込むところにある。特に資料の少ない古代史ならば、その作業の面白さはまた格別であろう。
夫をもたず、皇位を譲るべき甥は政敵の手中にあった女帝の矜持が、本書を貫くテーマである。時には自分を叱咤しながらも孤高の道を貫く氷高皇女の描写には、読み手の心を奪う何かがある。定められた運命か、自ら選びとった道か。その分岐点に立った時、私たちは氷高皇女のように孤高の道を選び取ることができるだろうか。
(2004年7月24日読了)