読書感想文


カント・アンジェリコ
高野史緒著
講談社
1996年8月10日第1刷
定価1748円

 舞台は18世紀初頭のパリ、ルーブル。ボーイ・ソプラノのまま変声させないために去勢手術を受けた歌手たち、それがカストラート。主人公は、その中でも美声で人気を誇る〈イル・アンジェリコ〉こと ミケーレ。この世界ではヨーロッパに既に電話によるネットワークが網羅されており、ローマ法王庁がそれを管理している。しかし、管理者の一人であるアレッシーニ枢機卿が変死。彼は臨終の際に不思議な歌を歌っていた。アレッシーニの死の真相を探るためにローマからミケーレを探りにやってきたオルランドは、イギリスから電話網のハッキング事件を調べにやってきたレスリー卿と出会う。カストラートたちはみんなハッキングに関与しており、ネットワーク上でヴァーチャル・リアリティの世界を構築していた。その世界に君臨するのが〈大天使〉。ルーブル宮の歌劇場で華やかなオペラが上演されている裏側で、真相を探ろうとする人々とそれを防ごうとする者たちの静かな戦いが始まろうとしていた……。
 カストラートの活躍した時代に電話ネットワークを用いた仮想現実を作り出すという設定が本書の読みどころなのであるが、モデルにしているのがパソコン通信やインターネットのチャットであるので、その部分が小説の雰囲気とあいいれず浮いてしまった感がある。
 また、前半部分の物語の進行は、読者を引っ張る謎の弱さからか、あるいはペダンティックな語り口からか、読み辛いものがある。
 ところが、終盤に主人公の一人である〈イル・アンジェリコ〉が歌う場面から物語は突如変貌する。迫力があり、思わずひきつけられてしまう。つまり、作者が書きたかったのは音楽そのもののもつ純粋な力と快楽であり、ハッキング等のアイデアは物語を装飾する部品に過ぎないのであろう。
 物語の構成としては、バランスの悪さが気にかかる。音楽のもつ力をもっともっと最初からあちこちにちりばめていれば、終盤までだれることなく進行していっただろうに。
 とにかく、最後の歌の場面は絶品である。デビュー作以上に「理想の音楽」を描き出せているのではないかと思う。

(2004年8月24日読了)


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