読書感想文


グアルディア
仁木稔著
ハヤカワSFシリーズJコレクション
2004年8月31日第1刷
定価1900円

 27世紀末のラテンアメリカを舞台に、遺伝子工学が生み出した特殊な能力を持った人々の間に生じる様々な人間模様を描いた作品である。
 進み過ぎた科学が人類にもたらす悲劇をモチーフにしたSFは、いわば定番といっていい。となると、新たに紡ぎ出される物語は、その悲劇に独自性をもたせなければならないことはいうまでもない。本書には、次のような人物が登場する。
 荒廃した中南米の大地に安定をもたらすといわれる巨大コンピュータ〈サンティアゴ〉の生体端子であるアンヘル。不老長生の能力を持ちアンヘルを守ることが義務の〈グアルディア〉であるホアキン。ホアキンの兄で〈サンティアゴ〉とアンヘルの秘密をすべて知っているラウル。やはり〈グアルディア〉の力を持っている旅人JDとその娘カルラ。そして目を持たない代わりに他の五感が異常に発達した〈千里眼〉のトリニら、それぞれの能力とその能力によって割り当てられた役割が、独自の悲劇を生み出しているのだ。
 その構想の大きさは、注目に値する。特に、失われたテクノロジーを復活させて秩序を回復させようとしているアンヘルの二律背反ともいえる行動原理が、人間にとってテクノロジーとは何かというテーマを読者に突きつける。アンヘルを慕うホアキンは、他者に依存することをアイデンティティとする者のカリカチュアライズされた姿であり、その兄ラウルはホアキンのようになりたくてもなれず、常に斜に構えることでしか自己の存在をアピールできない者を象徴している。JDの存在は常に「自分探し」をしている現代人に対するアイロニーであろうか。とすれば、カルラはそのような人間が自分の外部に作り出すアイデンティティーといえるかもしれない。
 作者の仁木稔は、本書がデビューとなる新人だということだ。主語がどこにあるかわかりにくく文章がこなれていないところや、細部の描写を綿密にしようとするあまり全体像を俯瞰しにくいという難点はある。ラテン・アメリカ以外の土地がどうなってるのかについて一切触れられていないのも、世界の全体像を把握しにくい原因のひとつだろう。また、物語全体の構造が結局は「破壊と再生」というパターンに陥ってしまうというあたりも気にかかる。しかし、そういった点を割り引いても、作者が自分のもっているテーマを真摯に追求している姿勢には好感が持てる。「愛」というものがもっている本質的なエゴイズムを強烈に打ち出し、その歪みをえぐり出す。昨今の「純愛」ブームに痛棒を食らわす快作といっていいだろう。今後に期待できる新人のデビューである。

(2004年8月13日読了)

(本稿はネット書店サイト「bk1」に掲載されたものをそのまま使用しております。ご購入はこちらから)


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