読書感想文


ヴァスラフ
高野史緒著
中央公論社
1998年10月7日第1刷
定価1900円

 20世紀初頭、帝政末期のロシアでは、帝国を結ぶコンピュータによるネットワークが発達していた。ネット上の疑似空間に作られたヴァーチャル・バレエダンサーのヴァスラフは、ネットにアクセスした者全ての心を奪う存在であった。ネットに直接脳波をつないでヴァスラフを好きな時に呼び出せるのは、〈オデット〉というハンドルを持つ少女のみ。彼女のもとにはロシア王室の王女までがやってきてヴァスラフにアクセスしたいと願うようになる。しかし、その影響が大きくなり過ぎたことを理由にヴァスラフとホストコンピュータは皇帝の命令により破壊される。ところが、ヴァスラフはネット上に生き残り、ディアギレフを団長とするヴァーチャル・バレエ団「バレエ・リュッス」で踊り続ける。ヴァスラフは単なるプログラムなのか、それとも実体を持ち始めるようになったのか……。
 仮想空間における疑似現実と現実の区別とは何か。作者は実在した伝説のダンサー、ヴァスラフ・ニジンスキーを仮想空間にのみ存在したプログラムに設定し、そのカリスマ性を生かして擬似的な存在と現実の存在のあいまいさを描き出している。ニジンスキーこそは、その伝説性においてそのような設定に耐え得る存在だったといえるだろう。そういう意味での着眼点はみごとというほかない。
 ただ、例えばそれを近未来に設定することは果たして不可能であったか。録音録画の技術さえ未発達であった時代にこのようなコンピュータ・ネットワークを設定することにかなり無理なものを感じてしまうのだ。たとえそれが架空の歴史だという設定だったとしてもだ。
 過去の時代に現代のテクノロジーをもってきてその時代に生きた人物たちの実体を浮き彫りにしていくという手法を作者はよくとるのだが、そのための手順はやはり必要ではないかと、私は思うのである。そうでないと、その時代の空気を再現するということが難しくなってしまい、せっかくの時代設定を生かし切れないという危うさが作者の小説には常に伴っているように思う。
 特に本書の場合、近未来に蘇るニジンスキーであっても不都合はなかったのではないかという筋立てだけに、その危うさは際立っている。
 作者の芸術への飽くなき追求は、本書でも非常に強く打ち出されている。また、構成をセリフとト書きという台本のようなものにしたのも、疑似空間の舞台で踊らされている人々というテーマをより強く印象付けるのに成功している。

(2004年8月28日読了)


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