読書感想文


審判の日
山本弘著
角川書店
2004年8月31日第1刷
定価1600円

 「S−Fマガジン」に掲載された1本に加え、4本の書下ろしからなる短編集。
 世界の秘密に気がついた男が恋人に送る手紙という形の「闇が落ちる前に、もう一度」。奇怪な殺人や失踪が続くマンションに住む男がその事件の真相を探る「屋上にいるもの」。人気絶頂のヴァーチャル・アイドルとその存在を認めない人気タレントがお互いの存在意義を賭けて対決する「時分割の地獄」。急に様子がおかしくなった婚約者の口から語られる不可思議な現象に対峙する女性を描く「夜の顔」。突如まわりの人間や生物全てがまわりから消えてしまった世界で、生きるということについて学んでいく若い男女の物語である「審判の日」。
 いずれも従来からあるSFのアイデアに対し、視点を変えてみることでそれらのアイデアをリフレッシュさせたという形の作品集である。SFの面白さを十分に知っている作者だからこそ書けたといえるだろう。すれっからしのSFファンも十分に満足できる内容であると思う。
 特に表題作の「審判の日」は、人類消失テーマにひねりを加えた上に、SFでしか描けない大きなテーマと、若い男女の精神的な成長をからませた秀作。「時分割の地獄」も、ヴァーチャルな存在が獲得していく人間性とは実際にはどのようなものかということを徹底的に追求しているストレートさに好感が持てる。「闇が落ちる前に、もう一度」は、短いけれども切れ味がよい。意外性という点では少し物足りない気もするけれども。残りの2本は、ホラー仕立ての作品であるが、アイデアにひねりを加えたのはいいと思うけれどテーマを完全に消化し切れていない感がある。「夜の顔」はホラーとSFの境界でどちらにも徹底できない弱さを感じた。読んでいて一番きつかったのは「屋上にいるもの」で、ここでは知的障害者が扱われているのだけれど、障害者と長年向き合ってきた私から見ると、扱い方にもう少し配慮がほしかったと思う。障害があるが故に違う能力が発達しているというアイデアをこうもまともに出されると、障害者の実態を見つめ続けてきただけになんとも切ない気持ちになってしまった。障害者を扱ったからどうだというのではない。扱い方の問題である。作者は『人間以上』を意識して書いたのではないかと思われるが……。もし身近に障害者がいてこの短編を書いたとしたならば、逆に痛々しいというのか、他に描き方はなかったのかと思う。他の短編でも、人間の心理のえぐり方に若干の浅さを感じないではないのだが……。
 その点を除けば、古典的なテーマで現在を切り取った優れた短編集である。

(2004年9月2日読了)


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