読書感想文


嘘猫
浅暮三文著
光文社文庫
2004年9月20日第1刷
定価476円

 大阪を離れて東京の広告代理店に就職したコピーライターの卵であるアサグレ青年は、最初の会社をあっさりとクビになってしまう。さりとておめおめと大阪にも戻れず、つてを頼って一風変わった広告会社に入社する。休日も原稿書きに追われるアサグレ青年のもとに、ある雨の日、一匹の猫が現れる。仏心を出して自分の部屋で雨宿りをさせたら、その猫ミアは翌日5匹の子猫を出産した。かくして、一気に家族の増えたアサグレ青年は慣れない子育てをしながらコピーライター修業を始める。交通事故で死んだ猫、いち早くもらわれていった猫、さっさと自立して去っていった猫……。3歳になってもアサグレ青年のもとに残っていたチロとの間に通う不思議な交流、そして別れ……。
 自伝的長編である。猫という不思議な生き物との生活が、東京で一人暮らしをする主人公の中でだんだん大きなものになっていき、なくてはならぬものになっていく。しかし、東京での生活に慣れていっぱしの業界人になった時、猫はその役目を果たしたかのように彼から離れていく。
 劇的に盛り上げるわけではない。どちらかというと淡々とした筆致で、しかし愛情にあふれた猫との生活が綴られる。知らない土地で一人で暮らすとはどういうことなのか。猫にふりまわされているように見えて、実は彼はふりまわしてくれる存在を求めていたのだろう。
 私は、作者は常に何かを探している作家だと以前書いた。本書を読んで、作者が探しているものが何か、理解できたような気がする。それは、彼の心にいるはずの猫なのではないだろうか。そして、去っていった猫はもう二度と戻ってこない。作者はそれを承知しつつ、それでもその猫を探さずにはいられないのではないだろうか。
 作者の持つ細やかな面がいい形で出た楽しくて、そして寂しい物語である。

(2004年9月20日読了)


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