1980年代から90年代にかけて発表され、10年の空白期間をおいてまとめられた〈伝説〉の作品集である。当時、意欲的に作品を発表していた作者であるが、その時期にこうやってまとめられていたら〈伝説〉の作家にはならなかったかもしれない。
体がくっついたまま産まれた双子の天才ピアニストに関わった調律師の悲劇を描く「デュオ」。呪界と呼ばれる地域に入りたい老人と、そこからやってきた男(とドラゴン)の軽妙なやりとりと老人のささやかで壮大な野望を描く「呪界のほとり」。テラフォーミングされた惑星で夏至の夜に起こる不思議な現象の原因を解明する「夜と泥の」。テラフォーミングされながら謎の消失をしてしまった二つの惑星をめぐって、最初に消失した惑星〈百合洋〉の文化の特徴である紋様を鍵に、その紋様が引き起こす現象を克明に映し出す表題作「象られた力」。以上4編で構成された短編集である。
どの作品にも共通するのは、人間の念の象徴性という問題であると感じた。私は集中ベストと思う「デュオ」は、人間の怨念を音楽という形で象徴するというテーマであるし、「呪界のほとり」は老人の執念が扱われ、「夜と泥の」では科学者の娘への思いがテラフォーミングの過程で具現化する。そして表題作はテラフォーミングされた土地に最初に入植した者たちの思いが文化、特に紋様という形をとり、それが彼らののちにやってきた者たちへの滅びの象徴となっていく。
そう、「滅び」もまたこの作品集の大きなテーマかもしれない。大きな念によってもたらされる「滅び」は決して美しいものではないが、避けられるものでもない。作者が運命論者であることをうかがわせる描写はないが、諸行無常というトーンはどの作品にも共通して見受けられるように思われる。
ただ、読者をぐいぐいと引っ張っていくストーリーテリングの力は薄いのではないか。正直なところ、ページをめくる時間も惜しいというような感じを私にもたせてくれたのは「デュオ」だけで(しかも前半部分のみ)あった。作者は物語を語る人ではなく、イメージを形にする人なのだろう。10年以上前に雑誌で読んだ時にはそのことがわからなかったけれど、こうやってまとまった形になると、それがはっきりと出てくる。それをどう判断するかは読み手の好みの問題であると思うが、私の場合はストーリー重視という読み方をするので、読み進めるのにいささか時間がかかってしまったということだけ申し述べておく。
(2004年10月27日読了)