「週刊文春」長期連載のエッセイ集第1巻。本巻は1998年連載分をまとめている。
この年には長野冬季五輪があり、サッカーのワールドカップがありと、日本中(のマス・メディア)が妙な熱気に包まれた年であった。そして、その熱狂を生粋の東京人らしく一歩離れたところで観察し、それが太平洋戦争当時の熱狂と寸分違わないと看破している。むろん、映画や演芸に対する蘊蓄あり(「タイタニック」の年でもあったのですね、この年は)、東京五輪以降破壊されてしまった「東京」の風景に対する慨嘆ありと、ここらあたりのスタンスは著者のこれまでのエッセイと変わるところはない。
平成大不況のただなかで、例えば道を知らないタクシー運転手の増加などから、この不況がどういう性質なのかを考察してみたりするなど著者の思考回路は明晰であり、読んでいて胸のつかえがとれるような思いがする。
私は、学生時代から自分の思考が息詰まると、著者もしくは丸谷才一のエッセイを読むことにしている。読んでいるうちに自分の頭を掃除してもらっているような気がしてくるのである。それは、例えば言葉遣いに対する気の遣い方や、品のない社会に対する警句などが、世間をとりまくもやもやを取り除いて明瞭にしてくれるからである。
本書は同時代を記録した貴重な証言であると同時に、常に変わらないスタンスでものを見ることの大切さを教えてくれる。本書で指摘されていることの多くは6年後の現在にも充分通用するものである。
(2004年10月29日読了)