読書感想文


鉄腕アトムを救った男
巽尚之著
実業之日本社
2004年l1月15日第1刷
定価1500円

 1973年、虫プロ倒産のおり、債権者に追われた漫画家手塚治虫は、大阪でベビーカーの製造販売を営む男を訪ねた。男の名は葛西健蔵。「鉄腕アトム」をあしらったベビーカーや学習机を手がけたことが縁で手塚の知遇を得た人物であるが、非行少年の更生事業や乳幼児の発育に関する研究への助成なども行っていて、手塚はその人柄に信頼感を抱いていたのであった。窮鳥懐に入らばこれを助けずにはいられぬ気風の葛西は、債権者に手塚作品の商品化権が流れていかないように、彼がその権利を一括管理するという形で援助を始める。そして、暴力団まがいの脅しをしてくる債権者の前に立ちはだかるとともに、普通の債権者の前でも遅刻してしまう手塚に苦言を呈したりもする。こうして手塚治虫の危機はなんとか回避され、「ブラックジャック」などのヒットで不死鳥のように蘇った手塚は、葛西をモデルにした新連載の企画をたてる。その作品は「どついたれ」。
 本書は、葛西健蔵と手塚治虫の交流を、二人の対照的な生き方を活写することにより生き生きと描き出し、戦後の大阪経済の様子を浮き彫りにしたノンフィクションである。葛西は今でいうベンチャー起業家として描き出されているが、著者は大阪の起業家たちのほとんどはベンチャー精神の持ち主であったと指摘する。つまり、葛西はそういった大阪の起業家たちの一人であり、さらに、手塚治虫と交遊があったことにより、その人間性がよりわかりやすく私たちの前に伝えられることになったといえるのである。
 著者は産経新聞や夕刊フジの記者として活躍してきた人だそうで、経済記者の手になる手塚関係の著書というのは珍しく、貴重なものである。関西出身であるにもかかわらず、売れっ子になってからの手塚治虫と大阪とのかかわりは希薄なものだったと私は思い込んでいた。しかし、本書を読むと、一番肝心なところで手塚を支えたのが大阪の人間であったということを知り、なにやら嬉しくなった。そして、「どついたれ」という作品が書かれた背景にこういう物語があったということは、他の作品にも必ずや埋もれたエピソードが数多くあったに違いないだろうし、今後の手塚研究はそのような背景を探り出すことが大切になってくるのではと思わせるに足る一冊であると感じた。本書がそのきっかけとなって、後に続く作品がうまれてくることを期待したい。

(2004年11月23日読了)


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