読書感想文


笑酔亭梅寿謎解噺
田中啓文著
集英社
2004年l2月20日第1刷
定価1800円

 金髪モヒカンの不良少年、竜二は、高校時代の恩師に引きずられるようにして、落語家の笑酔亭梅寿のもとに連れられていく。何をやっても長続きしない竜二は、無理矢理梅寿の弟子にさせられてしまうのである。酒飲みで言葉よりもすぐに手の出る梅寿の内弟子の生活を送るうちに、竜二は師匠梅寿の落語に聞き惚れてしまう。師匠が「たちきり線香」を演じている時、下座の三味線の弦が一気に切れてしまうという事件が起こり、竜二はその謎をみごとに解く。師匠が東京の無頼派落語家吸血亭ブラッドとの合同公演に出て「らくだ」を演じた際には、ブラッドが殺されるという事件が起きた。ここでも竜二はもののみごとに謎を解いてみせる。以後、竜二は落語家として様々な葛藤をくぐり抜けていく間に、次々と起こる事件を師匠と共に解決していく。あれほど興味のなかった落語に対しても、その奥深さを知るうちに愛着を感じるようになっていく。ところが、師匠の言いつけを破って新作落語を演じた竜二は、師匠から破門を申し付けられる。行き場のなくなった竜二は……。
 上方落語の世界を舞台にした本格ミステリである。ミステリの部分の確かさもさることながら、落語家の社会や上方演芸の様子がもののみごとに描きつくされている。そして、新弟子である主人公が一人前の芸人になっていく様子をリアリティのあるストーリーで提示していく。これはもと不良少年が成長していく様子を描いたビルドゥングス・ロマンなのだ。
 師匠の笑酔亭梅寿のモデルは六代目松鶴である。本文にはそうは書いていないけれど、なに読めばすぐわかる。イラストは関西のベテランイラストレーター、成瀬國晴だが、やはり梅寿の顔は六代目そのままに描いている。六代目が生き返ったかのような思いがする。
 本書は、作者の落語への愛が、「芸」への愛がつまっている。だからこそ、面白く、そして素晴らしい。ミステリとしての評価はどうなのかわからないが、大阪を舞台にした、芸の世界を舞台にした小説という視点でいえば、傑作と称して差し支えなかろう。
 啓文さん、よう書いてくれはった。私はこういう小説が読みたかったんや。続きも書いてな。まだまだ読み足らんし。竜二こと笑酔亭梅駆がどんな落語家になっていくのか、知りとうて知りとうてたまらん。文庫化されたら解説を書きたい。でも、たぶん北野さんか現役の落語家さんに話がいくんやろうなあ。どんどんシリーズを出して私にまでお鉢がまわるようにしてくれへんかなあ。

(2004年12月23日読了)


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