読書感想文


時の誘拐
芦辺拓著
講談社文庫
2004年3月15日第1刷
定価990円

 大阪府知事選挙に立候補が予定されている元中央官僚根塚の娘が誘拐された。犯人は身代金の運搬に、ボランティア組織所属の青年阿月慎司を指名する。根塚とは何の関わりもない阿月は、弁護士の森江春策に事前に相談する。身代金の運搬は、発売されたばかりのPHSやカーナビをみごとに利用した犯人たちの指示により、警察の警戒をすりぬけて成功する。大阪府警の和賀警部は阿月と誘拐犯の関係を疑い始める。再び出された誘拐犯の指示により人質の樹里を引き取りに行った阿月は、受け渡し場所で犯人の一味の一人の死体を発見する。和賀警部は阿月を殺人犯として逮捕する。冤罪を晴らすべく弁護に立った森江は、事件を調べていくうちに、終戦直後に起こった連続殺人が今回の誘拐に関係があるのではないかという可能性に突き当たる。その事件とは、当時大阪に置かれていた自治体警察の「大阪警視庁」と、東京の「警視庁」の対立のからんだ冤罪事件であった。二つの事件の関係とは何か。そして阿月の無実を森江は証明できるのか……。
 二重三重に入り組んだトリック、過去と現在をシンクロさせながら進む構成、どれをとってもうならされるばかりだ。しかし、私にとって興味深かったのは、ミステリとしての部分もさることながら、これが東京の一極集中、中央集権的支配に対する抵抗であるということである。
 トリックのために大阪を舞台にしているというだけではないのである。大阪という町が、中央の官僚たちの手によって骨抜きにされていく過程、落下傘候補に大阪を任せてしまうことへの怒りなど、この作品が大阪そのものを扱っているということへの確固たる理由があるのである。
 京都出身で大阪在住の私にとって、作者の主張は実感として理解できる。たとえば、教育行政についても、文部科学省の通達がそれぞれの地方の実態を無視して進められている。大阪で評判をとったテレビ番組でも、東京での視聴率が悪いと打ち切られてしまう。このような現状に歯がみしているのは私だけではないだろう。
 本書は、そのような問題意識に裏打ちされた、非常に優れた大阪小説なのである。

(2005年1月4日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る