第一次世界大戦前夜のウィーンで、一人の少年がスタイニッツ顧問官に拾われた。少年の名はジョルジュ。義理の父は貧しいヴァイオリニストで、彼は何の教育も受けさせられないでいたのだ。顧問官のもとで、ジョルジュは教育を身につけ、洗練された紳士に育て上げられる。彼が拾われたのは、その能力ゆえだった。彼には天賦の〈感覚〉が備わっていたのだ。人の心を読み、あるいは心に入り込むことさえできる〈感覚〉。彼はその力をのばし、顧問官の使者として諜報活動を行っていく。社会主義革命直前のロシアに、第一次大戦まっただ中の欧州諸国に、ジョルジュは自分と同じ〈感覚〉を持った者たちとの間で、隠密裏に、しかし命を賭けた諜報戦を繰り広げていく。様々な女性たちとの交情、そして実の父との邂逅。自らの力のためにジョルジュは苛酷な運命をたどっていく……。
少年の持つ〈感覚〉は、繊細な感受性を象徴しているといってもいいだろう。しかし、その〈感覚〉の威力が強いがために、主人公たちはもろくも傷つき、その傷が癒えるごとに身の処し方を覚えていく。繊細な感受性の持ち主は、鈍感な社会の中で傷つきながらも、そこで生きていくすべを身につけていく。作者は、その過程をファンタスティックに描き出し、スリリングな展開と豊かな表現力で読者につきつけていく。読んでいてひりつくような感覚を何度味わったことだろう。
そのひりつくような感覚は、おそらく作者が常に味わい続けてきたものに違いないと、私は確信する。それをむき出しにつきつけるのではなく、独特のトーンの物語として紡ぎ出した作者の力量にただ打ちのめされるのみである。
(2005年1月13日読了)