読書感想文


サラミス
佐藤哲也著
早川書房
2005年l月15日第1刷
定価1700円

 紀元前480年、ギリシアに侵入してきたペルシア軍を相手に、アテナイ人テミストクレスは、四分五裂するギリシア軍を一つにまとめ、戦いに勝利するために手練手管を駆使することになる。サラミスに集結したギリシア軍は、スパルタの将エウリュビアデスを総司令官にいただき、コリントス、ナクソス、アイギナ、メガラなど複数の地域の軍勢が参加している。彼らはそれぞれの軍勢が戦後にギリシアでの主導権を握ったり名声を得たりという思惑がからんで作戦会議はどうどうめぐりを繰り返し、そのまま海戦に突入するのか、敵艦隊の眼前を横切って上陸し陸戦に持ち込むのかなかなか決定しない。一度は決定しても、すぐに異論が出て何度も会議を召集しなければならなくなる。テミストクレスが打った乾坤一擲の大博打とは……。
 ヘロドトスの『歴史』に記述された〈サラミスの海戦〉を、作者ならではのスタイルで微に入り細を穿つように書かれた戦記小説である。会議の場面でかわされる会話の理屈をこね繰りまわすしつこさ、劇的な海戦の場面であっても読者を煽り立てるようには書かないでほとんど同じ調子で進められる展開と、何を題材にとっても作者のスタンスは変わらない。
 ナンセンスの要素がない分だけ、文体で小説を書く作者の特徴が浮き出てくる。そして、歴史的な海戦も、結局はナンセンスなものなのだということが文章の隙間から漏れ出てくる。
 読んでいて強く感じたのは、これは演劇的な小説なのではないかということである。しかも、ある様式にのっとった古典演劇だ。ふつうならこのような会話はしないだろうという言い回しで物語は解説され、登場人物は細密に描写されながらもシンボライズされていく。
 佐藤哲也それ自身が一つのジャンルなのだと思う。ファンタジーであろうとSFであろうと、そして戦記であろうと、作者にだけしか産み出せない独自の空間の中におさまってしまうのである。希有な存在である。本書でもその世界を充分に堪能できる。

(2005年1月26日読了)


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