私は大学三回生であるが、これまでの2年間、実益のある学生生活を送ってきたとは言いかねる。それどころか堕落の一途をたどるのみである。なぜそうなったかというと、映画サークル「みそぎ」に入り、小津という妖怪のような人間を友人に持ったからである。新入生の時に違うサークルに入っておけば、きっと幻の至宝といわれる「薔薇色のキャンパスライフ」をつかんでいただろうに。悪辣な小津、下宿の上の階に住む樋口なる謎の先輩、映画サークル「みそぎ」で孤高を貫く後輩の明石さん。私は占い師に「コロッセオ」という言葉に出会った時が好機であるから、それを逃すなという託宣を受けていたが、いったいその好機がいつであるかもつかめない。
というような展開の物語が4本収録されている。登場人物が同じなら、展開も重なりあう。ただそれぞれが違うのは、「私」が新入生の時に入ったサークルだけである。ただし、サークルが違えば交友関係も微妙に違う。同じなのはどのサークルにも小津が出没し、そのせいで「私」はわけのわからぬ目にあわされるというのと、明石さんとの麗しき出会いとである。結末もおおむね同じ。
読みはじめた時は、違うサークルを選んだ場合のシミュレーション・ノベルみたいだなと感じた。ところが、どのような展開をたどろうと、結局どの世界も同じように進む。そり微妙なずれを楽しませるナンセンス文学かと思われた。しかし、最終話ではこれが一転して実にロジカルな並行世界SFになってしまうのである。
偏執的に繰り返されるよくありがちだがナンセンスな日常と冒険が、最終的にはウロボロスの蛇のような円環構造のもとに構築されているのが明らかになるのだ。結末も実にスマートに決まっている。
帯の惹句には「トンチキな大学生の妄想」などと書かれているが、妄想どころか緻密に構築されたロジカルな物語なのである。独特の理屈っぽい文体により、読み手は作者のロジックにからめとられてしまう。
このばかばかしさはただごとではない。なかなかここまでばかばかしさを論理的に構築することはできないだろう。作者はそれをやってのけた。小説の面白さというのはこういうところにもあるのだと再認識させられた次第である。
(2005年2月20日読了)