読書感想文


自由とは何か 「自己責任論」から「理由なき殺人」まで
佐伯啓思著
講談社現代新書
2004年11月20日第1刷
定価740円

 現代の日本に生きる私たちにとって「自由」の概念はつかみどころのないものになっているのではないか。それが本書の冒頭に掲げられた疑問である。著者は「自由」の概念を近代リベラリズムを基本にしてとらえ、その概念が様々な矛盾を生み出しているということを具体化して示してみせる。その矛盾は、「自由」は何かを達成するための手段でしかないはずなのに、近代リベラリズムはそれを目的としてしまうという過ちをおかしたとろから生じていると論じる。だから、例えばアメリカ大統領がイラクに対して「自由」をおしつけるというおかしな事態が生じるのである。抑圧から逃れる「自由」を武力を用いて強制する矛盾に、近代リベラリズムの限界がある。
 著者は、自由を用いて達成すべき目的として、東洋的な「義」の概念を提示する。これは、カント哲学の「道徳法則」に近い概念ではあるが、カントの「道徳法則」がキリスト教を背景にして成立したものであるのに対し、孔子や孟子の「義」はその社会のある状況に応じて定義される共通認識だと著者は考える。「義」あるいは「善」なとの概念を欠いた「自由」に対し、リベラリズムはそれがいかに社会的通念において許されないことであっても、批判はできない。リベラリズムの「自由」は価値観を排除した上で成立しているものだからなのだ。
 本書の内容を私自身十分に消化し切れているかどうかわからないけれど、現代民主主義が民族紛争や宗教テロに対して有効な解決法を見いだせないでいるという状況に対し、本書は一定の回答を示し得ていると思う。ただし本書における「義」の概念は、多分に明晰さを欠き、閉息してはいるが、それでも強い「自由」信仰に対抗できるだけの説得力を持ち得ているかどうか。著者が「義」についてさらに強い確信を持った時に書かれるであろう次の論考を待ちたい。そういう意味では、本書は「自由とは何か」という質問をどのようにとらえるかという著者自身の考えを整理していく過程の産物であるといえるかもしれない。

(2005年2月22日読了)


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