読書感想文


自由という服従
数土直紀著
光文社新書
2005年1月20日第1刷
定価700円

 本書では、「自由」を権力との対比で考える。ここでの「自由」は、「自発的に行動を選択し、自律的に実行できる」状態をさす。ところが、著者は人が「自由」であればあるほど何かに「服従」してしまうという矛盾があると指摘するのだ。そして、具体的な例をあげ、「自由」なはずの人間がなぜ自ら何者かに「服従」してしまうのかを考察する。それは、スポーツ選手が監督の意をおしはかり、監督が望むであろう行動を「自発的」にとってしまう「理由なき服従。気に入らない男性社員に対してOLがサボタージュという手段をとることによりイニシアチブを握っているように見えながら、実は会社の男性優位な体制に従ってしまっているという「抵抗する、という服従」。自由恋愛のはずなのにキスやセックスを先に要求するのが多くの場合男性であるという現象の「自由恋愛、という支配」。一人前の建築労働者になるためには他の世界とは違うルールを学びとらなければならず、その世界では自由であるにもかかわらず、他の世界から見たら閉じた世界のルールに従属しているようにしか見えないという「一人前になる、という服従」。以上の4点である。
 著者は、個人と他者とのかかわりから、「自由」というものが「服従」という状況を生み出すメカニズムを明らかにしようとする。それは、他者に認められたいという、他者の視線を強く意識することがかえって個人をしばりつけてしまうという現象である。しかも、この場合の他者は特定の誰かをさすのではなく、自分が想定する実体のない「他者」なのである。
 本書を読むと、人間関係というものから成り立つ「社会」のシステムがなんとなく見えてくる。他者の視線を意識して生きざるを得ない「社会」の中で生きていくには、自らが「社会」のルールにしばられねばならないという「服従」のシステムなのである。平易な文章と具体的な例が、そのシステムの確からしさを補強する。
 ただ、「自由」の概念があまり厳密とはいえないという点、「服従」しないで「自由」に生きるための方法が「相対的に自分を見つめる」というあいまいなものであるという点などで、説得力が弱いともいえる。「自由」とは何か。そのよって立つべきところにあいまいさがあると、「服従」を自発的に選ぶ人々が本当の意味で「自由」なのかどうかという疑念が生じるからである。だから、人は自由であればあるほど「服従」を選ぶという主張の根拠があやふやになるように思う。「服従」を生み出す社会システムへの考察にすぐれたものがあるだけに、根幹のところをもう少ししっかりさせてほしかった。

(2005年2月25日読了)


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