読書感想文


奇跡を起こした村のはなし
吉岡忍著
ちくまプリマー新書
2005年3月10日第1刷
定価760円

 新潟県の山間の村、黒川村。特産品といえば石油程度しかなく、その原油も枯渇しどこにでもある過疎の村となるような条件を備えた、そんな村だった。ところが、1955年に村長選挙に当選した31歳の伊藤孝二郎は、村の補助金で若者たちに農地を開発させるように指示したのをはじめとし、若い有望な人材を国の留学制度を利用させて外国の農村で生活する体験をさせる。帰国した若者たちは、酪農、地ビール生産、畜産などの新規村営事業の責任者に抜擢した。近隣の市町村からの行楽客を対象としたスキー場の設営、村で自足するレストランやホテルの建設など、伊藤村長は48年間の在任中に、「自足できる村」を作り上げていく。高度経済成長期に労働力を都会に取られていった村が多い中、黒川村には若者たちが残ってやりがいのある仕事を村で見つけるという道を選ぶようになる。
 本書は、高度経済成長という「魔物」に敢然と挑戦し、地域振興のモデルとなった農村の、奇跡ともいえる半世紀以上にわたる戦いを描いたノンフィクションである。本書で扱われる伊藤村長の姿勢を通じて、青少年たちに対して「自立」とはどういうことかということを考えさせるという著者の試みは、いい部分しか書かれていないとはいいながらも、かなり成功していると思う。
 ただ、私には、著者の狙いはそこにだけあるのではないと感じられた。自足していくために長年かけて工夫を重ねていった山間の農村に対して、国家は「平成の大合併」と呼ばれる大機捕な市町村合併を指示してきた。そして、村はそれを受け入れることを決定する。
 どんなに積み重ねてきた努力も、国家の圧力の前には無力にならざるを得ない。その理不尽さを読者につきつけるために、著者は黒川村の実施してきたこと全てを微細に書き綴ったのだろう。黒川村民の努力が本物であるからこそ、地域の意志を無視した市町村合併の身勝手さが浮き彫りになっていくのである。

(2005年3月26日読了)


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