人間国宝であり上方落語四天王の一人である著者は、もともとは落語の実践者ではなく研究者であった。しかし、実践するものがいなければ研究の対象が消え去るという危機的な状況で、著者は実践者であると同時に研究者でもあるという道を選びとった。本シリーズは、著者の傘寿を記念して単行本未収録のもの、そして現在入手しにくい著作から選りすぐって編纂されたものである。
雑誌に掲載されたもの、落語会のパンフレットのために書かれたものなどが中心となっている本シリーズだが、本書は落語そのものについての考察を中心にその文章が選ばれている。
たとえば、落語というのは客に催眠術をかけて落語の世界に引きずり込むのだという記述が繰り返し出てくる。そして、サゲというものは、その世界から現実に引き戻す役割を果たすものだという。そこに笑いというものが生まれでるのである。ここらあたりを突き詰めると、弟子の枝雀による「笑いは緊張と緩和」論に行き着くのだろう。
また、落語は大衆芸能であるが故に、古い話を復活させるにしても、現代の客にわかるようにしなければならないという持論も展開される。著者による滅びかけた古典落語の蘇演が、ある意味では著者の創作に近いという指摘はこれまでもなされてきたが、それを裏付ける言葉だといえるだろう。
本書を読むと、実践が研究を深め、その研究が実践を磨いてきたということがよく理解できる。特に、昭和三十年代に書かれてプライベート出版された『楽我記』を収録していることにより、その実践と研究が40年でどこまで深まっていったかを知るよすがとなっている。まさに「集成」の名にふさわしいシリーズの開始である。
(2005年3月29日読了)