読書感想文


そうだったのか手塚治虫
中野晴行著
祥伝社新書
2005年5月5日第1刷
定価760円

 第二次世界大戦の敗北、「もはや戦後ではない」と明言された朝鮮戦争後、そして高度経済成長期を経て構造不況の時代、バブル経済への突入。昭和の世相を反映させるように、手塚治虫の漫画もまた変容していった。本書は、手塚研究では定評のある著者が、手塚漫画を通じて昭和の時代相というものを浮き彫りにした労作である。
 例えば戦時中に描かれた『幽霊男』と戦後に描かれた『メトロポリス』を比較し、敗戦によってアイデンティティを喪失した日本人がそれを回復しようと苦しんでいたという状況を明らかにする。ベトナム戦争や中東戦争を対岸の火事のように傍観していた時期には、『人間ども集まれ!』の天下太平を平均的な日本人の代表として登場させ、当事者であるにも関わらず傍観者でもあるという姿勢を風刺したものと読み説く。
 手塚治虫の作品に対する研究は数多くあるが、例えば〈手塚ヒューマニズム〉をひたすら礼讃するようなものとは次元が違う。映画、小説、漫画などの作品は書き手が望む望まないとにかかわらず時代を反映するものなのである。そのように時代を反映しながらも、手塚作品が新たな読者も魅了して離さないのは、常に人間の本質に迫る風刺や批判がこめられていたからなのである。
 手塚作品にはまだまだ新たな発見があるはずだ。その可能性の一つとして、本書は大きな意味を持つと思われるのである。

(2005年5月8日読了)


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