タイトル通り、人類と建築の歴史について記した本、なのだが、例えば建築様式の変遷などをたどるというものではないのが面白い。人類が農耕を始め定住をするようになった頃の家屋は、著者によると厳密な意味での建築とはいえないのである。最初に建築物と意識して建てられたものは、神殿なのである。神の宿る場所にこそ、それにふさわしい姿が必要で、だから柱の一つ一つに意味をもたせた「建築物」が造られるようになるのである。しかも、著者はその「建築物」のルーツをストーン・ヘンジのような巨石建築物に見い出している。地母神から太陽神への信仰の変化により、太陽の力を受ける巨大な柱が世界各地で例外なく造られるようになるのだ。さらに、世界各地で宗教が多様化していくと、建築様式もそれに合わせて多様化する。ところが、ヨーロッパ人が世界各地に進出していくようになると、その土地にヨーロッパの建築思想で建てられた「建築物」が蔓延するようになる。そして現代、宗教的な意味から脱した箱型のビルディングが標準的な「建築物」になってきている。著者はこれを包み紙に包まれた飴玉に例える。
自然神信仰という共通の思想で造られた「建築物」は、距離的にも大きく隔てられた場所にあるにもかかわらず、まるで同じようなものが世界中に点在する。一神教という人為的な思想で生まれた宗教が広がるにつれ、伝統的なものとそれに対するものとの差が大きくなる。そして、キリスト教が世界に広がると、その思想で造られた「建築物」が世界中に広がっていく。さらに宗教とは無関係の思想で造られた「建築物」が世界の標準になっていく。
人類は自分をとりまく世界観を反映させた「建築物」を造り続けてきた。建築と宗教・思想は実は連動しているのである。こういった指摘に、思わずうならされてしまった。「路上観察学会」の活動でも知られる著者だからこそ、人間の造るものの面白さ、そしてそれを楽しむ方法を熟知しているのである。
本書は、建築史の解説書というだけではなく、文化人類学の入門書にもなっているように思う。その引き出しの豊かさが、本書に説得力を与えているのだろう。独自の視点で書かれたユニークな建築史である。
(2005年5月24日読了)