富士の裾野で自衛隊が秘密実験をする。太陽の電磁波から情報・通信回路をシールドするという実験である。しかし、偶然が重なり、人工の電磁波と自然の太陽電磁波を同時に浴びた陸上自衛隊第三特別混成団はその場所から消え去ってしまう。かわりにその場所から現れたのは弓をつがえた鎧武者であった。さらに、数日後、その場所には元の地面が戻っていた。そして、富士を中心として黒い霧が出現し、近くに寄る者を呑み込み尽くしてしまう。戦国時代にタイムスリップした混成団の司令、的場が歴史改変を目論んでいるため、現実の世界が消え去ろうとしていると推測した政府は、実験にかかわっていた科学者神崎を中心として、的場を現代に連れ戻す計画をたてる。新たに編成されたロメオ隊は、かつて的場の部下として自衛隊に所属していた鹿島を協力者として、同条件がそろうのを待ち、ついに1549年にタイムスリップする。ロメオ隊を待ち受けていたのは、麻薬によって傀儡化した羅漢兵。そして桜の徽章を紋所にした桜衆。率いるのは斎藤道三の愛娘、濃姫をめとった織田信長。しかし、この信長は鹿島たちが歴史で知る信長とは別人であった……。ロメオ隊は歴史改変の企てを阻止できるのか。
半村良の歴史改変SFの傑作に、乱歩賞作家が挑んだ。過去が変わったために消される運命にある現代を描くなどの新たな工夫が行われている。並行世界という理屈で考えると、ブラックホールのようなものに侵食される現実というのは何かおかしな気もしないではないが、歴史改変というものについて作者なりに取り組んだ新しい概念と考えてもよいか。
半村原作を意識し、歴史を変えようとしながら歴史に呑み込まれていくという原則をきっちりと守りながら、それにあらがう男の虚無感を描き出すことには成功している。大量に生産されている架空戦記を凌駕できていると思われるのは、その虚無感を最後まで保っているからだろう。
とはいえ、逆に半村原作を読み手も意識してしまうため、あの先駆的作品がもたらした衝撃を超えることはできなかったといわざるを得ない。これは、最初からSF史上に残る作品の新ヴァージョンとして書かれた本作の背負うべきハンディキャップだろう。
ならば、本書ならではという、歴史を変えようとする男と同じ虚無感を共有している女性の存在をもっと際だたせてはどうだったかと思うのである。半村原作では、現代に戻れないと諦めた主人公たちが開き直って歴史を変えていくという形であったが、本書では主人公は意識的に歴史を変えようとしている。それに心情的には反対しつつも協力してしまう女性科学者の存在は、半村原作にはない魅力なのではないかと思われる。ならば、それをもっと全面に押し出し、この女性の葛藤をぎりぎりまで描きぬいたら、と思わずにはいられなかった。
それでも、あの傑作に真正面から向かい合い、歴史改変というものの意味を読者に問い掛ける作者の姿勢には好感がもてる。そういう意識のない架空戦記が量産されていたということを考えあわせると、本書は架空戦記ブーム以後に書かれた数少ない本格的な歴史改変SFのひとつとして大きな意味を持つのではないだろうか。
(2005年6月6日読了)