伝説の落語家、”初代”桂春団治の評伝である。初刊本は1967年で、まだなんとか当人を知る人が存命で、特に最初の妻である東松トミと弟子であった花柳芳兵衛から貴重な証言を得ることができたのが本書の記述の正確さを高めている。作者は春団治の戸籍調査から筆を起こしている。これは、確実な情報を柱に、精度の高い情報を優先的に記述していくという姿勢のあらわれだろう。もっとも、明治時代の戸籍というのはかなりいいかげんだったらしく、春団治こと皮田藤吉の家族構成を戸籍から読み出すだけでも苦労しているのだが。
春団治の最初の妻トミは、芸の世界を知らない分、春団治の破天荒な行動に対してかなり歯止めとなる役割を果たしていたらしい。ところが、春団治が商家の未亡人岩井志うと相愛となり(ここから「後家殺し」の異名が生まれた)、トミと離婚したあたりからその歯止めがなくなる。作者は離婚以降の春団治の行動にはかなり厳しい見方をしており、芸さえよければ何をしてもよいという立場にはない。
その姿勢がはっきりあらわれているのが、併録の「紅梅亭界隈」と題された小品で、こらは二代目林家染丸とその妻で下座三味線の第一人者であった林家トミを描いている。ここで描かれる染丸とトミの細やかな情愛は、春団治と東松トミとの間にあった確執とは対照的なものとなっている。
上方落語の歴史を記録した貴重な作品であり、また、大阪を中心とした上方の人々の生活というものを活写した優れた文学作品だと思う。特に、情緒に流されず、ドラマティックな展開を抑えた筆致に魅力を感じるのである。
(2005年7月3日読了)