実存主義哲学者であり、『ツァラトゥストラはかく語りき』などの著書で「意志の力」「超人」の概念を提示し、「神は死んだ」という言葉でキリスト教的なものを否定したニーチェの最後の著作、『アンチクリスト』を現代の話し言葉風に翻訳したものである。
ニーチェの思想そのものを理解しないで本書を手にとる読者も多いだろう。そういった読者にとって、本書で著者が展開するヒステリックなキリスト教批判はどう映るのだろうか。
著者がキリスト教を批判したのは、実存というものを追求する上で不要な、実存ではない「神」をよりどころにするキリスト教的な考え方がヨーロッパ文明の基本として常に眼前にそびえ立っていたからであろう。
ところが本書は、そういった「実存主義」というものについては、訳者は意識的にその説明を省いているようである。そうなると、著者のキリスト教批判は、そのよりどころが見えにくくなり、ややもすると嫌いなものへの悪口に過ぎないようにとれる部分も多々出てくるのである。
ニーチェの先見的な思想を、特に実存主義そのものが過去の哲学として葬られがちな現代、こういう形で提示することが果たして方法論的に正解であるのか。ヨーロッパやアメリカの価値体型を批判的に検証するという意味では、本書は注目すべき文献であるだろうが、その底流をなす哲学が明示されてこそ、批判というものが理論的に成立するのではないだろうか。そういう意味で、本書は勇気ある実験であるようには思うが、必ずしも成功したとはいえないと思うのである。
教師として、哲学をわかりやすく説明するというのは、なかなかにたいへんであることを実感している私だが、ただ言葉だけわかりやすくしただけではいけないのだということを示唆してくれるという意味では、本書は参考になったといえなくはないのだけれども。
(2005年8月9日読了)