読書感想文


遥かなり神々の座
谷甲州著
ハヤカワ文庫JA
1995年4月15日第1刷
1999年7月31日第2刷
定価680円

 登山家の滝沢育夫は、「悪運の強い」男である。彼のチームからは少なからず死者が出、しかも彼自身は生き残ってしまうのである。今回の登山でも若いクライマーを失ってしまい、失意のうちに日本に帰国する。帰国した彼を待っていたのは、恋人である君子との別れであった。そんな彼に声をかけてきた林という男は、彼が持っているマナスル登頂の権利を利用し、正体不明の登山隊を編成し、その登山隊を中国越境させようとしていた。君子の結婚相手に危害を加えるという脅しに負け、滝沢はマナスル登山を了解する。ポーターもシェルパも、運び込む器材もすへて林が用意したものであった。唯一信頼できるのは、古くから顔見知りであるシェルパのツェリンとコックのニマだけ。果たして林は国境越えの後、正体を現した。ポーターやシェルパたちは反中国ゲリラであり、林は中国側のスパイで、ゲリラを利用した中国の工作を担当していたのだ。秘密を知っている滝沢は、林に消される前に逃亡を計る。同行するのはコックのニマだけ。滝沢とニマは中国軍の追跡から逃れることができるのか。
 山岳小説であると同時に、ネパール、中国、そしてチベット自治区の政治関係を背景にした国際政治冒険ミステリーということになる。
 ただでさえ危険な登攀に加え、山には素人であるゲリラたちをつれて国境を越えさせるシーンや、中国軍の追っ手から逃れて何度も訪れる危機に立ち向かうシーンなど、迫真のタッチで一気に読ませる。作者のヒマラヤ体験を反映させていると思われる地元の人間との交流のシーンなど、細部に積み重ねたリアリティがあるから、秘密を知る登山家の抹殺という虚構が真実味を持つのである。
 また、滝沢と君子の関係などは、男女の矛盾した感情を描いていて、ここらあたりは作者の他の作品にはあまり見られない部分だけに、興味深く読んだ。
 なぜ山に登るのか。山に登ることをやめようとすら思った男が、強引に登らされてしまい、国際謀略に巻き込まれてしまう。そして、ついにはヒマラヤから離れられない自分を自覚する。人間の業というものを感じさせる。これは登山家だけではなく、何かにとりつかれた人間全てにいえることなのだろう。そして、そういう人間は、平凡なものが守るべき何ものかを切り捨てていかなければ生きてはいけないものなのである。
 作者の山岳小説を代表する傑作。冒険小説仕立てにしたところが、本書のポイントであろう。同じ山岳小説を書く場合でも、一作ごとに趣向を変えるのが、作者の山岳小説の魅力の一つになっていると思われるのである。

(2005年8月10日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る