第15回新田次郎文学賞受賞作。
単独行を続けてきたが、その限界を感じて山岳会に入った加藤武郎は、やはり単独で未踏の沢を制覇しようとしている久住浩志と出会う。彼らはお互いに自分にないものを持っていることを認めあい、2人でパーティーを組んで難度の高い登攀に挑むようになる。ヒマラヤに挑戦した彼らは、やはり単独行で自分の存在を主張するポーランド人スヴェイクに出会う。自分たちが開拓していったルートに便乗しようとするスヴェイクに反感を持った二人は、意地でも先に登頂しようとするが……。
加藤と久住の2人を主人公にした連作短篇集。5本の短篇がシリーズで、巻末に置かれた(初出は一番古い)「七つ針」のみが独立した短篇である。
新田次郎の『孤高の人』のモデルとなった戦前のクライマー、加藤文太郎を念頭において書かれたものだと、作者はあとがきで述懐している。ただし本書の場合、舞台は現代であるし、ヒマラヤ登山にも挑戦しているので、主人公の山に対する考えや行動などをモデルにして人物造形したということなのだろう。
雪山を単独で登攀するというのは、どういうことなのか。登山に縁のない私には想像もつかないことなのだが、自分のペースというものが確立されていて、それを他の誰にも乱されたくないということなのだろう。むろん、その心情を理解してくれる相棒というものもいる。単独行に限界を感じたといっても、自分の考え方を理解してくれるものとしかパーティーは組まない。いわば2人で単独行をしているようなものなのだろう。
何かというと群れたがり、先輩後輩の序列のために無駄な経験や知識を押しつけられる。日常生活でもよくあることである。本書の主人公たちの心性は、ただ一人で文章を紡ぎ出す作家の営みに通じるものがあるのではないだろうか。理解してくれる編集者を得た時、作家は自分の特性を遺憾なく発揮し花開かせる。加藤と久住の関係にはそれと同質のものを感じてしまう。
雪山の厳しさと、挑戦する男たちの心情を余すところなく描いた秀作。大自然の中で、ちっぽけではあるが自分というものを主張していく人間の強さと、そして弱さが胸の奥をどんと突いてくるのである。
(2005年8月12日読了)