交通標識を主人公にした「帽子の男」、不条理なクイズを使って話が進む「喇叭」、矢印のバリエーションでストーリーが進行する「遠い」、本の世界に文字どおり入り込んでしまった男の話である「カヴス・カヴス」、ゲームノベルの手法を逆手にとった「お薬師様」、などの『異形コレクション』に掲載された実験的な短篇群と、『e−NOVELS』に掲載された不思議な味わいのあるショートショート群に、書下ろしを加えた文庫オリジナル短篇集。
前半の実験小説が、バラエティに富んでいて非常に楽しかった。視覚に訴えるという点でいえば、作者が長い間本業としていたコピーライターの仕事に通じるものがあるのかもしれない。広告は、言葉だけでは成立せず視覚的な要素を考慮に入れなければならないからである。
ショートショートも一筋縄ではいかない。頓知をきかせたオチ噺があるかと思えば、ナンセンスに徹したものもあり、作者のアイデアの豊富さを感じさせる。
むろん、こういった短篇集の場合、全てが傑作とはいかない。中には狙いはわかるが外していると思われるものもあるし、凝り過ぎて首をかしげてしまうものもある。しかし、そういったものも含めて、作者がいろいろなパターンに挑戦しようとする姿勢は高く買えるし、気のきいた短篇集がなかなか出版されにくい状況に一石を投じたともいえる。
こういった短篇集がもっと注目されれば、短篇の面白さというものも見直されることだろうと思う。さすがにこのような実験小説ばかりだとそれはそれで困るのだが。
(2005年8月16日読了)