読書感想文


義経(上)
司馬遼太郎著
文春文庫
2004年2月10日新装版第1刷
2005年2月10日新装版第11刷
定価667円

 平安末期、平家全盛の都で、貧乏貴族藤原長成のもとに嫁してきたのは、かつて源氏の棟梁であった源義朝の女であり、平清盛の子もなした常盤という女であった。常盤の連れ子牛若は、義朝の末子であったが、やがて寺に預けられ出家するように運命づけられていた。源氏の血をひく牛若は、長成の目を出し抜いて都を歩くようになる。平家の公達の牛車にいきあって恥をかかされた牛若は、平家そのものに対する憎しみを覚えるようになる。そんな牛若を恐れた長成は、鞍馬寺にすぐに預けてしまう。稚児として育った牛若は、鞍馬山を徘徊する僧兵から自分の出自を教えられる。さらに、奥州の商人吉次が彼の前に現れ、その貴種ゆえに利用価値があると踏み、出家してしまう前に寺から脱出させる。奥州への道中、烏帽子親もいないまま、彼は自分勝手に元服し、源義経を名乗ることにする。山賊に襲われて吉次と別れてしまった義経は、自力で奥州にたどりつき、藤原秀衡の庇護下に入る。しかし、腹違いの兄頼朝が平家に対して挙兵したことを知った義経はわずかな郎党とともに馳せ参じ、京都をいちはやく征した木曽義仲討伐のための密偵として都に帰ってくるのであった。
 作者の平安武者に対する思い入れのなさ、クールな視点が際立っている。戦国時代や幕末の戦術、戦略とは全く違う次元の戦や政治に対し、作者は徹底的に突き放す。
 例えば奥州藤原氏の描写も、自分たちが都の者よりも栄華を誇っていながら公家たちに対して卑屈になってしまう心性をあからさまに描いてみせる。そのあたり、大阪人が東京に対して感じる二律背反の感情、どうしても対抗したくなる気持ちを写し取ったかのようである。
 板東武者たちの自分を目立たせたいという心情もまた、作者の手にかかれば愚かな見栄に過ぎない。その中で、源義経の人物像は、かなり破綻したもののように描かれる。政治的なことに関しての鈍感さ、しかし、当時の武士たちには思いもよらない「戦術」という発想のもちぬしであるというあたりのアンバランスさが強調される。
 それにしてもここまで美化されない義経像というのは、判官びいきというものに対する作者なりの関西人らしい反骨心から出てきたものであろうか。悲劇的な最期を迎えることになる下巻で、作者がどのように義経の死を滑稽なものとして突き放すのだろうかと、期待してしまったりもするのである。

(2005年9月1日読了)


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