古くなった世界を作り直すかわりに、えらい学者たちは「獏」というシステムを作り、その中で人々がよい夢を見るようにすることを思いついた。全員が悪夢を見そうな時は、「獏」が補正するようなシステムも作った。しかし、「獏」は長い期間のうちに不安という感覚を知るようになってしまった。「獏」が不安になった結果、人々が見た夢とは……。人の記憶のつまった西瓜、誰と戦っているのかわからない戦争、何のために行っているのかわからない労働……。現実と悪夢が入り交じった不可思議な世界が展開していく。
夢というものは不条理なものだ。その不条理を文章化しようとしても、ついそれを構築するための計算や仕掛けが透けて見えてしまうものだ。ところが、本書は夢の不条理性をみごとなまでにごく自然に構築し、提示してみせる。その不条理性は筒井康隆を思わせるところもあるけれど、筒井作品がかいまみせる「あざとさ」は、ない。作者独自の不思議な世界が、本書ではさらに増幅され、読者は起きながら悪夢を見せられてしまうのである。
西瓜、獏、戦争が本書のキーワードである。一見それぞれが独立しているかに見える9つの短篇と10のブリッジは、読み進むにつれて何かしら関連性をもつように感じられてくる。しかし、そこに直接のつながりや重なりはないようにも思われる。そこらあたりの微妙なバランス感覚は作者ならではのセンスだろう。
どきどきもわくわくもしないのに、思わずページをくってしまう。気がついたら一気に読み進んでいる。不思議な力をもった連作長編である。
(2005年9月7日読了)