「打撃の神様」川上哲治が最初に見た職業野球の試合は、コンディションが最悪だったために巨人軍が地元のノンプロ球団にあっけなく敗れ去ったという。そのため川上は職業野球を甘く見て、巨人軍に入団した。しかし、歴戦のつわものたちのレベルは彼が想像していた以上に高いものだった。彼は投手から打者に転向し、一時代を築く。戦後すぐに再開されたプロ野球の東西対抗戦で彗星のように現れた新人大下弘は、またたく間にホームランを「野球の華」としてファンに提供するようになった。立教大から鳴り物入りでジャイアンツに入団した新人長嶋茂雄の前に立ちはだかったのは、スワローズの左腕エース金田正一だった。4打席4三振。その屈辱をバネに、長嶋は新人王に輝く活躍をする……。
70年に及ぶプロ野球の歴史から、ターニングポイントとなった試合をひとつ選び、その試合を中心に紡ぎ出された人間ドラマを描き出していく。NHKで製作されたドキュメンタリーをもとに、番組の担当者が上質のノンフィクションとして文章化したものである。テレビ番組で掘り下げ切れなかったところを多数の関係者からの証言をもとにして再構築した本書は、映像がないぶんだけ読者の想像をかきたてるものに仕上がっている。
引退試合もできないまま監督に就任しチームの再建を託された稲尾和久の心情。奪三振に全てをかけた若き日の江夏豊。知っていることも初めて知ったことも、いずれもが他の書き手とは全く違う筆致で新鮮に受け止められるように書かれている。球団合併などで危機を迎えたプロ野球だが、数少ない証言者から得た情報をうまく活用してその魅力を語り尽くし、プロ野球を作り上げてきた先人たちの凄味を伝えてくれる。
野球ファンにとっては胸が躍るような1冊である。
(2005年9月14日読了)