読書感想文


老ヴォールの惑星
小川一水著
ハヤカワ文庫JA
2005年8月15日第1刷
定価720円

 作者の第一短篇集。「SFマガジン読者賞」受賞の「老ヴォールの惑星」など4編を収録している。
 地下に作られた迷宮のような牢獄に投げ込まれた男が、人間不信に陥りそうになりながらも少しずつ囚人の仲間を増やしてコミュニティーを作り上げていく「ギャルナフカの迷宮」。ホット・ジュピターに誕生した生命体が、惑星存亡の危機に際して他の惑星の知的生命体とのファースト・コンタクトに挑む「老ヴォールの惑星」。木星に打ち込まれた〈ビーズ〉と〈噴水〉と呼ばれる装置のため地球が危機に陥り、それらの装置の創造主である〈クインビー〉とコンタクトするために派遣された学者たちが、目的地で発見したものに夢中になってしまう「幸せになる箱庭」。事故で水の惑星に着水し、本部と無線連絡できる以外に人間との接触はなく、ただひたすら自分を探し出してくれるのを待つ男を描いた「漂った男」。
 異なる環境に置かれた時、人間はどう変化していくのか。本書に収められた短篇のうち表題作を除く3編は、そのようなシミュレーションを行っている。このシミュレーションは数値に置き換えたりできるものではなく、人間というものを作者がどうとらえているかに出来不出来の具合は変わってくるだろう。
 作者の人間洞察力は非常に鋭く、かつ温かい。例えば「ギャルナフカの迷宮」でコミュニティーの規模が拡大していく様子やそこから起こるトラブルなど、冷静に人間をとらえる視点がなければかけないものでろう。そこから展開される物語には、人類に対する信頼感のようなものが感じられる。しかし、「幸せになる箱庭」では単純に人間を性善説でとらえているわけでもないことがわかる。人間にとって〈幸福〉とは何かという根源的なテーマだと、性善説だけでは割り切れないということを作者がよく理解しているということだろう。
 表題作も含めて、本書には作者の人類に対する信頼感が大きなテーマとして提示されている。これは作者の他の作品にもいえることなのだが、短篇という形をとると、それがよりはっきりしていくのである。
 どの作品も、こなれた文体で読みやすく、かつストーリーとテーマがよくかみ合っている。独りよがりなところが見られないのがいい。本格SFの書き手として、その将来が楽しみである。

(2005年9月23日読了)


目次に戻る

ホームページに戻る