明治20年代から大正年間にかけて翻訳された小説をその訳文とともに紹介し、海外文化受容を盛んに行っていた時代の熱気を伝える。
ここで紹介されているのはバアネツト『小公子』、ゾラ『女優ナヽ』、トルストイ『復活』、ウイダ『フランダースの犬』など、現在でも名作として読みつがれているものから、ボアゴベイ『正史実歴 鉄仮面』、ユゴー『探偵ユベール』、リットン『ポンペイ最後の日』など当時熱狂的に受け入れられたもの、そしてアンノウンマン『いたづら小僧日記』、モオパッサン『美貌の友』のように、翻訳史上特筆すべきものなど様々である。ここでそれらは当時の時代背景や翻訳にいたった経緯、黒岩涙香や永井荷風、内田魯庵、佐々木邦ら翻訳者たちの熱意やその翻訳型の文筆に対して与えた影響までが綴られている。
著者は翻訳家であるから、自分の訳業にも触れつつ、現在の翻訳が抱えている問題が実はこの頃からあったことや、翻訳というもののあり方にまで考察を加えている。しかも、それを楽しい読物として読者に提示した上で行っているのだ。だから、本書は当時の海外文学のカタログ的な読み方もできれば、翻訳裏話的なエッセイとしても楽しめるし、翻訳を通じた日本文化論という面白さもあるのだ。
基本的には肩のこらない読物ではあるが、本書で示された「翻訳」というものに対する問題提起は実はけっこう大きいのである。あらためて「翻訳」とはどういうことかということについて考えさせられる好著である。
(2005年10月22日読了)