読書感想文


ときめきイチゴ時代
花井愛子著
講談社文庫
2005年10月15日第1刷
定価590円

 今から15年ほど前、ピンク色の背表紙で少女漫画家のイラストで飾られた10代向けの恋愛小説文庫のブームがあった。ブームに火をつけたのは講談社X文庫ティーンズハート。その中心にいたのが、著者である。著者は3つのペンネームを使い分け、毎月のように新刊を生み出していた。老舗の集英社コバルト文庫、そしてケイブンシャ文庫、双葉社いちご文庫、学研レモン文庫、小学館パレット文庫、角川スニーカー文庫(間違いではない。このレーベルも少女小説に参入していたのだ)など、追随する企画が濫立し、結局は数年でブームはファンタジー文庫に移っていくことになる。本書は、講談社X文庫の立ち上がりからティーンズハートシリーズの全盛時までを著者の記憶のもとにたどり、なぜブームが起こったか、その舞台裏を明かしたものである。
 著者はもともとコピーライターであり、文庫の執筆者となった時も、作家的な発想ではなく広告代理店的な発想でブームを作り上げていく。あのブームは、著者が周到に用意した戦略がみごと当たった結果だったのである。わかってくれない編集者、そしてブームに対する批判的な目など、著者はさまざまな壁をみごとに乗り越えていく。
 なるほどなあと、今さらながらに思った。私はこのブームをリアルタイムで見ていたし、それどころか(デビューはできなかったものの)編集者に勧められて何本かせっせと作品を書いて渡した(けれども没になったり読んでもらう前にその文庫がつぶれたりしたのだが)経験がある。
 その時に、編集者からくどいほど言われたのが「とにかく改行すること」「主人公の一人称にすること」「SFやファンタジーはダメ」というようなことであった。その当時、私も著者の作品を読んでティーンズ文庫にはどういうものを書くべきか必死で研究したものだ。研究してみても、当時若かった私には(20代であった!)著者のかなり大きな戦略が理解できていなかったのだと、本書を読んでわかった。
 どんなブームにも仕掛人がいる。そして、仕掛人の手を離れてブームが大きくなり過ぎた時、それは突如終焉を迎える。ティーンズ文庫のブームは、各社がなんでもいいから書けそうな者をかき集め、全体の質を落していったからなのだろうと思う(ショートショートでデビューしてそれっきりだったアマチュアの私にまで声がかかったのだから)。
 ブームは著者の戦略を超えて肥大し、そしてつぶれてしまった。本書には、そのつぶれる過程は書かれていない。自分が作り上げ大切にしていたものがこわれていく過程など、著者は書きたくなかったのか。それとも私生活上の理由でピンチを迎えたため、そこらあたりの記憶が飛んでしまっているのか。そこは私にはわからないけれど、当時のことを思い出すにつれ、本書のような当事者による回想録が出版され、ブームのありようがちゃんと記録されたことを喜びたいと思う。こういうものについては、出版界はかなり冷たい対応しかしてないのだし。

(2005年10月25日読了)


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