日露戦争の講和会議であるポーツマス会議は、全権小村寿太郎の必死の努力により老練の外交家ウィッテの駆け引きにもかかわらず日本の当初の目的を達成して締結された。ここらあたりの状況は、吉村昭の小説『ポーツマスの旗』に生き生きと描かれている。しかし、国内では戦意昂揚に踊らされた大衆が煽動者たちによって火をつけられ、いわゆる「日比谷焼き討ち事件」という大暴動を引き起こすことになる。
本書は、その「日比谷焼き討ち事件」を中心に「ニコポン宰相」桂太郎、桂の愛妾であるお鯉、東京朝日新聞主筆の池辺三山、社会主義者の木下尚江、作家の二葉亭四迷ら当時の関係ゃやジャーナリストたちの動向を追い、その狂的な様子を余すことなく描いた力作である。
歴史の教科書では暴動が起きたことには触れられていても、それを引き起こした真犯人や具体的な被害などについては一切書かれていない。しかし、この暴動が意味するところを知れば、その重要性についてもっと触れられるべきだと思うようになるだろう。
暴動鎮圧のための戒厳令が巧妙に社会主義者の弾圧に使われていたり、暴徒を煽るという理由で発行停止にされた各新聞が、その後は政府の意を汲み取った無難な記事を書くメディアに成り下がってしまうなど、第二次世界大戦の時期に行われた言論封殺の萌芽がそこには見て取れる。
しかも、付和雷同的な投書や「祭り」に熱狂する暴徒など、大衆の心的なものは100年後の現在も大きく変わってはいない。これらは当時の人々の証言を丹念に拾い上げることによりはっきりと見えてくる。
その中で光るのは「ひとりごと」と題され「東京朝日新聞」に掲載された二葉亭四迷の文章である。四迷はこの暴動と戒厳令が意味するものを的確にとらえ、戦後処理の予測を行う。しかもそれは「桂首相のひとりごと」として一級品の「サタイア」に仕上がっているのである。
膨大な資料や文献を駆使し、あまり語られなかった事件やその背景について掘り起こされている。あまり論評をくどくどと書き連ねないところにも好感がもてた。著者が学者ではなくフリーライターであることが、プラスに働いたといえるだろう。
(2005年11月17日読了)