清の末期、咸豊帝の貴妃として高宮に入り、息子の同治帝、甥の光緒帝の後見人として権力をふるった女性、それが西太后である。西太后こそはまさに清を滅亡に追い込んだ守旧派の筆頭であり、世界情勢を無視して宮廷で贅の限りを尽くした稀代の悪女、というイメージが小説や映画などで作られてきた。フィクションの世界だけではない。現在の中国政府も彼女についてはかなり低い評価を下している。しかし、実態はどうだったのか。著者は当時の清の情勢や王宮の伝統などを考慮に入れながら、西太后の生い立ちから最期までをたどっていく。
著者の考察によると、西太后の権力欲は男性の後続がよく抱く皇位乗っ取りというような性質のものではなく、皇太后として敬われあちこちに旅行したり離宮で贅沢にふけったりしたかったというところから来ているのではないかという。その証拠に、彼女が執政している間の政策には定見がない。むしろ保身あるのみ。自らの権力を保持できるのならば、西洋相手の戦争で局地的に勝利していてもあっさりと講和してしまう。光緒帝が進めようとした洋務運動は禁止させたのに、朝廷に危機が迫ると自ら同じ政策を押し進めるようになる。それがために清朝は早々に滅びるところを幸か不幸か延命するのである。
著者は現在の中国政府の状況を清末になぞらえる。本書を読むと、確かに共通点が多いことに驚かされる。また、中国政府が考える中国固有の領土は西太后以後の清の版図であり、現在も続いている中国の伝統芸能などは西太后の保護下にあったものであったりするというのもおもしろいことである。
西太后のイメージを一新するだけでなく、近代中国史を理解するために知っておきたい常識をうまくまとめている。「中国的」なものとはどういうものかを学びとるのに最適な一冊。今年の反日暴動のひな形が清末にちゃんとあったりするのである。ひとりの女性の気質が、一国のベースになっているとしたら、これほどの女傑は他には存在すまい。
(2005年11月20日読了)