ナチス時代のドイツではどのような言葉が使われていたのか。ヒトラーの演説、ナチ党大会の映画の演出、学校で使用された教科書、圧政下でささやかれたジョーク、当時の人々が見た夢。様々な立場の人々が発した「言葉」を紹介し、ナチス時代のドイツとはどのようなものだったのかを浮き彫りにしていく。
悪意ある宗教家が人々を洗脳していくかのようなヒトラーの演説からは、「言葉」が人間にどのような影響を与え得るかが読み取れる。リーフェンシュタール演出による映画は、虚像をいかにして実像にすりかえるかの詐術が見て取れ、教科書に書かれた言葉が青少年に与える影響の大きさも知ることができる。抑圧された人々のささやかな抵抗として「ジョーク」がどれほど有効なガス抜きとなったかが伝わり、ナチス信奉者であっても深層では完全に帰順していたわけではないことを夢の内容が教えてくれる。
多角的な視点からナチス時代のドイツを浮かび上がらせるということに、本書は成功している。そういう意味では非常に興味深い内容のものだとはいえる。ただ、ナチス時代に使われた「言葉」のショーケース的な印象を与えるのも事実なのだ。ここで紡がれた言葉たちは、ただ並べ立てられるだけでそこからナチスという大きな一つの虚像が浮かび上がってくるというところまでは達していない。また、その時代に言語がいかように使われたかということから、現代の私たちが言葉の効用とは何かを考える材料になっているかというと、そこまでいかないのである。過去の現象から一般的な法則を導き出すという姿勢で書かれたものではないのだろうが、それでも現代人に対する教訓の一つくらいは与えてくれそうに思うのだが、そうはならないのだ。本書を著した著者の意図がどこにあるのか、非常に見えにくいと思うのである。
ナチス側の使う言語の効果を提示したかと思うと、ジョークや夢を持ち出すことによって実は効果がなかったかのようにも思えてしまう。いったいどちらなのだ。そこのところがはっきりしないのである。だから、ショーケース的だと思うのだ。素材が面白いだけに、料理次第でいかようにもなると思われるのだが。もったいない一冊である。
(2005年11月20日読了)