戦後55年体制のもと、高度経済成長にいたる道筋をつけた岸信介首相は、戦前は少壮官僚として満州で辣腕をふるっていた。統制経済をしき、大アジアのグランドデザインをわずか数年で作り上げ、帰国後は東条英機内閣の商工大臣をつとめる。本書は、岸信介を中心として、星野直樹、鮎川義介、椎名悦三郎、大来佐武郎ら満州国にかかわった者たちの戦後を追い、岸が満州国でやり残した政策を、自民党が満州人脈の力で成し遂げていく様子を描き出したものである。
焦土と化した日本を再建するために、吉田茂内閣は米軍の庇護のもと経済復興に取り組み、冷戦を契機として独立を勝ち取った。岸は独立によって公職追放から解除され、鳩山一郎と組んで政界に復帰する。そして復帰後わずか数年で政権の中枢を占めるようになり、ライバルたちが病気などで不在になっていく中、首相の座につく。戦後の経済安定本部や通産省は満州人脈で占められ、まさしくやり残したグランドデザインを日本の復興という形を取りながら実際のものにしていく。
岸が満州でやろうとしながら果たせなかったことを戦後首相となってやり遂げたというのは、いわば常識といっていい。ただ、それはどのような実態をともなうものだったのか、そしてそこで実動部隊として活躍したのは満州人脈のどのような位置にいた者たちだったのかまでは言及されないことも多い。本書はその満州人脈が戦後果たした役割についてのみ取り出している。そして、それをわかりやすくかみくだいて提示してみせる。
ページ数などの関係だろうか、掘り下げ方が少々物足りない気もするのだが、戦後に満州人脈がどのように活躍したかをかいつまんで知るにはちょうどいいコンパクトさである。あわよくばこれらの人々の暗部ももっと具体的にとりあげてほしかった。そうしないと、満州国というものの姿が岸の描いた理想郷そのままの姿で読者に伝わってしまうのだ。しかし、現実はそうではあるまい。表面からはうかがいしれないものをえぐり出していくことによって、よりはっきりと真実が見えてくることもあるだろうから。
ここらあたりが「新潮新書」の限界なのかもしれない。広く浅く薄くという編集方針があるのではないだろうか。
(2005年11月27日読了)