読書感想文


悪役レスラーは笑う〜「卑劣なジャップ」グレート東郷〜
森達也著
岩波新書
2005年11月18日第1刷
定価780円

 戦後、アメリカのプロレス界に現れた日系の悪役レスラーがいた。その名をグレート東郷という。法被を着て下駄をはき、清めの塩を盛るという演出で出場し、その塩を相手の目になすりつけたり下駄で攻撃したりという反則を繰り返し、最後は土下座をして謝りながら敗れる。それ以降の日系レスラーは、彼の演出を追うことになる。彼はただの悪役レスラーではなかった。若き日の大山倍達、力道山、ジャイアント馬場、グレート草津……。いずれも東郷のもとでプロレス修行をしている。また、ルー・テーズなどの大物レスラーとも親しく、プロモーターとしても活躍した。力道山は彼にだけは「東郷さん」と敬称をつけている。
 著者は、幼い頃の記憶に残る、流血している顔でにやりと笑う悪役レスラーのことが気になり、その「正体」を探し求める取材を始める。最初はテレビドキュメンタリー番組の企画として始めたその取材は、結局テレビではとりあげられずに活字の形で結実することになる。つまり、本書である。
 著者は故ルー・テーズのインタビュー記事に書かれていた「東郷の母親は中国人である」という発言から、在日朝鮮人であった力道山が東郷に抱いていた感情を推測するが、ベテランのプロレス記者桜井康雄にその説を否定されてしまう。さらに、グレート草津からは「東郷は韓国人だ」という証言を引き出し、ますます混乱する。
 グレート東郷とは何者だったのか。アメリカでは日本人を戯画化した姿で成功し、日本では辣腕プロモーターの一面を見せる。金銭的にはドライであり、仲間からは好かれていなかったけれども、力道山やルー・テーズからは多大な信頼を受けていた……。様々な顔が錯綜し、虚実の被膜があいまいになる時、著者は東郷という存在を成立させていた「ナショナリズム」という概念に思いをはせる。
 愛国心を逆手に取って血だるまで笑う悪役レスラー。その笑いはどこに向けられたものだったのか。日系アメリカ人、あるいは中国人、または韓国人というように自分の出自を人によって違えて言う男、それが東郷だ。出自はどこでもよいが、ただしマイノリティーであることは共通している。マイノリティーの象徴を演じる男が、うつろいやすいマジョリティーに対して血だるまとなって笑いを向ける。その笑いのもつ意味の奥深さに、私は著者とともに唸るしかないのだ。
 常にマジョリティーに対して疑問を投げ掛ける著者ならではのドキュメントである。プロレスのもつある種のうさんくささを愛する著者でなければ書けない題材だっただろう。とにかく読み始めたら夢中になって一気に読了してしまった。とにかくご一読をお薦めする。

(2005年12月1日読了)


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