読書感想文


誰も「戦後」を覚えていない
鴨下信一著
文春新書
2005年10月20日第1刷
定価720円

 テレビドラマの名演出家として知られる著者が、自らの経験を記録し、残しておこうとしたものである。それは即ち「戦後の風景」だ。終戦から60年たち、私たちのような戦後世代が社会の中核となってきている現在、「終戦直後」には常識だったことがきちんと伝わっていないことに著者は気がついたのである。殺人的な混み具合であった列車、飢餓、闇市、間借り、気象、美空ひばり、そして玉音放送など、「戦後」が様々な文献や資料をからめながらリアルに描き出されていく。
 おそらく、私が本書を読んで想像する風景と、現実の「戦後」の風景にはまだまだギャップがあるのだろう。しかし、それは仕方のないことだ。ただ、少しでも実像に近い手がかりがなければ、教科書的な描写からは見えてこないことばかりなのである。
 例えば街娼が雑誌のインタビューに答えていたりするのは、今から見ると奇異なことかもしれない。しかし、当時は全ての現実をひっくるめて受け入れるという素地が人々にあったようなのである。これは、空襲や敗戦という「非常事態」を否応もなく受け入れなければならなかったという体験からくるものなのだろうか。
 本書は貴重な証言の一つである。これらの体験を共有できる世代が次々と鬼籍に入ろうとしている今、このような証言が一つでも多く残されることを、私は望まずにはいられない。なんとなく「やさしい専制政治」にひたされていくような現在、これらの証言が少しでも教訓を私たちに残してくれなければならないのだと思うからなのである。

(2005年12月5日読了)


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