戦後、GHQに占領されている間、「ワンマン宰相」として辣腕をふるった政治家、吉田茂。その生涯をたどることによって吉田が描いた戦後の日本の姿を、そして現在に連なる流れを浮き上がらせる一冊である。
吉田の思想形成の土台となった実父竹内綱の生き方、養父吉田健一の薫陶、そして岳父牧野伸顕の影響が、彼の学歴や外交官としての赴任先などから明らかになってくる。吉田は外交官としては明らかに独断専行に過ぎ、適してはいなかった。本国との連絡なしに外交交渉をやってしまい、信用を失うなどという事例もある。しかし、それが一国の宰相となった時にはプラスに転じるのである。
吉田は戦前戦後を通じて明治政府の作り上げた秩序に忠実な人物であったということが、本書を通じて明かされる。例えば戦後に新憲法が公布される時も、天皇の地位のことが最優先事項となり、その他のことに関してはそれほど気にかけてはいないことなどがそうである。また、ダレスとの交渉では駆け引き抜きで頑固な外交スタイルを貫くところなども、保守的な吉田の思想が基本になっていることがわかる。
吉田は巷間伝えられるところほどの平和主義者ではない。逆に国防という点では実は軍の再興を願ってすらいたのだ。ただ反面、自由主義というものには価値を重く置いており、その点で後に統制経済で高度経済成長の基礎を作った岸信介とは考え方が全く違うことがわかる。
戸川猪佐武の「小説吉田学校」で描かれるような人間臭さが、本書にも濃密に現れているのは特筆すべきだろう。政党というものを信じず、官僚に信頼をおき、若手官僚を政治の世界にひっぱりこんで自分の派閥(戸川が命名するところの「吉田学校」である)を形成するあたりに、そのような吉田の嗜好がはっきりと現れているのである。
つまりは、時代が吉田を必要としたのである。秩序が乱れ混迷の中から共産主義革命が起こりそうであった空気を、この稀代の保守政治家は一気に自分の手元に引き寄せ日米安保体制を作り上げてしまう。外交官としては優秀であった幣原喜重郎や芦田均が、そのバランスの取れた外交感覚ゆえに政治家としてはその冴えを発揮できなかったのとは好対照である。
現在の政治状況から今後を予測していく時に、吉田茂が作り上げた戦後日本の土台を振り返ってみるのはかなり有効な方法といえるだろう。そして本書はコンパクトながらその任を果たしているといえるのである。
(2005年12月6日読了)