曲亭馬琴作の大河小説「南総里見八犬伝」に隠されたメタファーを読み解く作業を、著者が完成した記念の一冊である。
なぜ犬士は8人なのか。なぜ伏姫は犬にまたがって登場するのか。なぜ八犬士のうち2名が女装で最初に現れるのか。なぜ犬江親兵衛だけが童子なのか。「八犬伝」に隠された謎を、著者は馬琴が入手したと思われる文献を探り出し、その一つ一つに答を与えていく。
伏姫のイメージは、最初は文殊菩薩に重なるものとして現れる。さらに、親兵衛を富山の山中深く育てる時には、山姥と金太郎のイメージが重ねあわされる。「富士山の本地」という書物を参考にした馬琴は、そこから役の行者の霊験を引き出し、幼名が大八という親兵衛は「封神演義」のナダ太子をイメージさせている。
博学である馬琴が、古今東西の神話や伝承をパズルのように織り込み、しかも、読者にそれを解かせようとあらゆる場面でヒントを授ける。それが「八犬伝」のもう一つの楽しみ方なのだと、著者は考える。そして、様々な謎を解き明かすことによって、馬琴が「八犬伝」にこめたメッセージを読み取ろうとするのである。
そのメッセージは、儒教的徳目の強調ということだけではない。権威に対抗する漂泊の者たちの抵抗であり、南総里見領をモデルにつくりあげたユートピアなのである。
波乱万丈の展開を楽しむだけではなく、そこに秘められた神話や伝承とのかかわり方を楽しむということは、伝奇小説の正しい楽しみ方であると、私は思う。そして、著者の読み解いた謎をてがかりに、「八犬伝」という一大伝奇小説を自分なりにさらに深く楽しむことができる。著者の長年の研究の成果がここにある。
私にとって興味深かったのは、第3部にあたる犬江親兵衛の活躍に対する解釈であった。子ども向きにリライトされたものではカットされることさえある親兵衛の活躍にこめられた意味を理解することにより、「八犬伝」の大きさを思い知らされるのである。
それにしても、曲亭馬琴という作家の博識なこと。さらに28年もかかって完成させた大著の構想は、最初から全て計算されていたということへの驚き。それを執拗に読み解いた著者の執念。いずれにも感服させられるところの多い著書である。
(2005年12月10日読了)