著者のデビュー作である表題作を含む時代小説短篇集。
表題作「西郷札」は、西南戦争時に薩軍が発行した不換紙幣をめぐって、薩軍出身の男が生き残って上京し、思わぬところで生き別れの義理の妹に出会うことから始まる悲劇を描く。以下、人力車の車夫として雇われた男の意外な過去とそのプライドから起こる葛藤の物語である「くるま宿」。江藤新平の必死の逃避行を綴る「梟示抄」。幕末に同日に生まれた3人の武士の数奇な運命をたどる「啾々吟」。徳川家康に仕えた本多正信・正純親子の権臣としての生き方を描く「戦国権謀」。明治初期、零落した旗本の息子が妻にしたいと連れてきた女の素性をめぐり、自分の過去の過ちと向き合わねばならなくなった男の苦悩が描き出された「権妻」。経済的に苦しくなった大名の転封をめぐり、頑固な老臣の苦悩が生んだ悲劇が語られる「酒井の刃傷」。徳川家光に仕えた忠臣の息子が、その父の生き方に縛られてしまったことから起こる悲劇が綴られる「二代の殉死」。家康に嫌われぬかれた息子松平忠輝の生涯をたどる「面貌」。明治初期、留学中に、許嫁が親の出世の道具とされて自分の手の届かぬところにいってしまった男の心情が語られる「恋情」。同僚のねたみからあらぬ噂を流されて破滅にいたってしまう武士夫婦の苦闘を描く「噂始末」。そして国許から一時的に江戸に上ってきた若い武士が妙な事件に巻き込まれてしまう「白梅の香」の12編が収録されている。
作者にとって、カタルシスとはなんだったのだろうか。1編読むごとにそれを考えさせられた。主人公たちはいずれも歴史の本流から外れていくように生きる者ばかりである。実在の人物にしても、苦悩のうちに生き、自ら自分を不利な方向に押しやるように動いたと描くのである。さらに苦しむのは作者が創作した人物たちである。運命というものに流されるという悲劇もあるが、総じてわかっていても破滅にいたる道を選びとらずにはいられないような、そんな物語ばかりなのだ。
デビューまで不遇であった作者の生き方がそこに反映されているのであろうか。それにしてもここまで後味のよくないものを書き続けていけたものである。書いていて自分で嫌な思いにならなかったのだろうか。
作品の質は全体的に高いのだけれども、この苦味は、読んでいて実に辛かった。その苦味を描き出すのが文学的なのだといわれれば、そうですかとしか答えようがないけれども、救いがないという以前に、物語としてこまで共感できないというものが続くのは、その内容に実はまだ深みを持たせることができていないということなのではないかと感じずにはおれなかった。
そういう意味では、この短篇集に収められた作品は、作者が大きく化ける前の通過点だったということになるのだろう。
(2005年12月17日読了)