江戸時代の元禄期に、越後高田藩おかかえ力士の強風権太夫は、江戸でその実力を発揮したいと相撲浪人となる。旅回り一座に加入して各地方の草相撲の力士と顔を合わせ、八百長で負ける日々が続いた強風は、下葛飾郡今井村の名主に相談し一座を抜けた。しかし、博徒の用心棒を断わった件で闇討ちにあい、相撲の取れない体になってしまう。名主の持つ相撲開催の株仲間の代人となった強風は、名前も雷(いかづち)権太夫と変え、株仲間を統合し相撲会所開設に尽力することになる。雷は南北の町奉行所に通いつめるが、なかなかよい答がもらえない。雷が最後にとった手とは……(「雷走る」)。寛政期、興行の形態は整ったが本当に強い力士が出ないで困っていた相撲会所のもとに救世主が現れた。仙台藩主お抱えの谷風梶之助である。威風堂々の相撲で63連勝を果たした強豪の前に立ちはだかったのは、技巧派力士として頭角を現してきた小野川喜三郎。連勝をストップさせてライバルとして江戸っ子たちの人気をさらった2人に、会所は横綱を締めさせて土俵入りをさせるというアイデアを考案する。そしてもう一人、雲州藩おかかえの強豪力士雷電為右衛門が登場し、相撲人気は白熱する(「谷風吹きまく」)。明治時代に入り、東京の相撲はだんだんふるわなくなっていた。大阪相撲の頭取におさまっていた元横綱陣幕久五郎は、自分の名誉を回復するためにも東京に横綱力士碑を建立しようと目論む。江戸時代からのつてで蜂須賀家をたより、その紹介で伊藤博文首相と昵懇となった陣幕は、横綱の代数を調べ、本格的に碑建立に尽力する。しかし、東京相撲の取締である高砂浦五郎はそんな陣幕の動きを快く思わず会所が碑を建立するよう動き、陣幕から権利を奪ったあとは知らぬふりを決め込んだ。窮地に陥った陣幕を助けたのは……(「陣幕立つ」)。
東京相撲を確立した雷、相撲人気の立て役者となった3人の強豪、そして明治になって衰亡しかけた相撲に再び為政者の目を向けさせた陣幕。いずれも相撲の歴史に欠かせない名前である。作者の相撲小説には実録ものはあまり多くないのだが、本書は実在の人物たちを主人公としてはいるけれど、時代小説の形をとることによって実録以上の面白さを出している。
特に面白いのは「陣幕立つ」で、相撲の組織から離れてしまった元横綱と相撲会所の関係や、政治家とのかけひき、そして元横綱という一人の男のプライドがそれまで称号でしかなかった「横綱」を地位にまで高めるきっかけを作ってしまったという歴史の妙味などを味わうことができる。
相撲に特に関心のない方でも、純粋に時代小説として楽しむことができるだろう。それは、小説としての骨格がしっかりしているからなのだ。ベテラン作家の妙技を味わえる短篇集である。
(2005年12月30日読了)