明治時代、講談や落語の速記録が大当たりし、野間清治は講談社を旗揚げして「講談倶楽部」という雑誌を創刊した。しかし、講釈師との関係が悪化したため、講談の速記が収録できなくなる。そこで、速記にかわる〈読む講談〉として新たに大衆文芸が誕生する。中里介山の「大菩薩峠」の新聞連載開始、岡本綺堂の「半七捕物帳」にはじまる「捕物」ブーム、直木三十五による映画と連動しての企画、白井喬二、国枝史郎の登場……。時代小説は大衆文芸の主役として花開くのである。新国劇と長谷川伸のように深い関係を持つ団体と作家があらわれる一方、子母澤寛のように史実を徹底的に取材する作家もあらわれ、時代小説は百花繚乱の時を迎える。吉川英治、野村胡堂ら人気作家の登場、菊池寛による「直木賞」の創設。以下、川口松太郎、山手樹一郎、山本周五郎、大佛次郎、村上元三、舟橋聖一、松本清張、五味康祐、柴田錬三郎、司馬遼太郎、池波正太郎、山田風太郎、南條範夫、山岡荘八、杉本苑子、永井路子……とそれぞれ一時代を画した作家たちが、その時期に合った作風であらわれ、時代小説の歴史を形作っていく。
時系列に忠実に時代小説作家とその代表作について、彼らが作家になった経緯や作品がかかれ発表された事情などがそれぞれの時代の流れに即して綴られている。まさに労作というほかない。大衆文芸の歴史に関しては純文学ほどまとまったものがあるわけではない。しかし、例えば横田順彌にはじまる古典SFの研究などでもわかるように、大衆向けの文芸作品の歴史はどのジャンルをさぐってみても奥深く、しかも有名無名の作家たちによる膨大な作品群の調査という作業が必要なのである。
本書は1冊のボリュームとしては大部であるが、時代を明治から昭和30年代にまで区切っているために藤沢修平や津本陽といった作家の登場にまではいたっていないし、主だった作家や編集者についての解説はされていても、概略的な構成にしかなっていない。しかし、その概略が実は大切なのである。本書は明治以降の大衆文芸の歴史の流れをきっちりと示してくれるし、同時に出版事情の変遷もわかるようになっている。基本の教科書としてはこれ以上望めない作りになっているといっていいと思う。
本書をもとに、「捕物帳」「股旅もの」「伝奇もの」など各分野の細かな研究も進むことだろうし、また、本書には収まり切らなかった昭和40年代以降の時代小説史が編まれることも期待できるだろう。
その礎として、本書の持つ意味は大きいと思う。いや実際、私の手元には未読の時代小説がたくさんあり、私は宝の山をいっぱい抱えているんだなあと、本棚に目をやりつつこれをいつ読めるか今すぐ全て一気に読みたいと葛藤しているのである。
(2006年1月14日読了)