オウム真理教の「尊師」麻原彰晃こと松本智津夫。彼がどうして新しい宗教を起こすことにしたのか。教団がなぜ大量殺人をも辞さぬ集団になっていったのか。著者は松本の幼少時代から青春時代、若き日の挫折、ヨーガ教室経営から教団への分岐点などを多数の証言や文献をもとに叙述する。そして、幼少期の性格形成に関わるところでの親や兄への恨み、まわりに認められ人の上に立ちたいという欲求、ヨーガ教室開設に至るまでに出会った人物たちの影響などを克明に描き出し、そのゆがんだ欲望の実現と敗北を提示する。
月刊誌や週刊誌にかつて連載したものをまとめなおした本書は、ルポルタージュの基本として、必要な事項を漏らさずおさえ、読み手にわかりやすく情報を提供してくれるものである。したがって、松本智津夫という人物がどのような過程をへて麻原彰晃になっていったかを知るのには最適だといえるだろう。
ただ、麻原という宗教家の何が信者を惹きつけたかという点については、残念ながら十分に描き切っているとはいえないだろう。ヨーガ教室時代に、それまでの松本とは違う人物になったかのように他者に奉仕したことで信者たちが彼に魅了されていくくだりはある。またオカルト雑誌に巧妙に売りこんで信者を獲得していった経緯もていねいに取材されている。全てを捨てた信者たちに戻る場所がなくなったという心理についても書かれている。が、怪しげな商売を始めた当初に喧嘩が絶えなかった妻知子までが教団の幹部になってしまったのはなぜなのか。その部分をもっときっちり説明できなければ、ゆがんだ欲望を持った怪しい人物の指示に忠実に従った人々がいたという事実を読み解けないのではないかと思う。
本書は「松本智津夫」の物語である。が、「麻原彰晃」の物語にまでは踏みこめなかった。私にはそう感じられたのである。
(2006年2月21日読了)