第113回直木賞受賞作。
昭和の高度経済成長期を舞台にしたノスタルジックな味わいのある都市ファンタジー短篇を6編収録している。
幼い日に遊んだ在日韓国人の少年は、トカビという妖怪となって屋根を飛び歩き、主人公はトカビとなった少年との交流を試みるが……(「トカビの夜」)。謎の男から飼い主を幸せにするという妖精生物をもらった少女は、その生物がもたらす快感の虜となり……(「妖精生物」)。だらしないが主人公の少年には優しかったおっちゃんが亡くなり、葬儀の後斎場の手前で急に霊柩車が動かなくなった。おっちゃんの愛人を連れてくれば車が動くと考えた少年は……(「摩訶不思議」)。妹が急に自分は既に死んだ女性の生まれ変わりだと言い始める。主人公は妹がどこか遠くへ行ってしまうのではないかと心配するが、結局彼女の前身が住んでいた家まで連れて行ってしまう。そこには娘の死後食べ物を受けつけなくなった老爺がいて……(「花まんま」)。主人公の少女は、病気で苦しんでいる男を耳もとに何かささやくことにより楽に往生させる女性「送りん婆」の弟子となる。人を安らかにさせる「送りん婆」の秘密とは……(「送りん婆」)。差別されて孤独な少年が墓地で出会った女性、ミワ。沖縄から出稼ぎに来ている彼女は、弟の病気の治療代を稼いでいる。ある夜、盛り場で彼女の姿を見かけた少年は……(「凍蝶」)。
特に目新しい題材ではないのだが、とにかく味つけがうまい。少年や少女が出会った不可思議な出来事を、大人になってから振り返るという手法で、ファンタスティックな味わいを出しているのである。いわゆる癒し系というのだろう。いくらでもグロテスクに、あるいは邪悪に展開できる題材が、作者の手にかかると手織りの綿布の心地よい手触りとなっていく。読み手に安心感を与える感触といっていいだろう。
ただ、私自身の好みでいうと、その温かみが逆に題材の持つ残酷さを中和してしまい、毒にも薬にもならないものにしてしまっているというようなあたりが物足りない。ノスタルジーというものは、どんな悲惨な体験であっても、その悲惨さの本質をぼやけさせてしまう。そこらあたりのさじ加減がとてつもなく上手なため、紙一重の差で陳腐さから抜け出し、どんな悲惨な題材をも心地よいものに転化させてしまう。この小説のうまさは高く評価したいが、反面、温かみを味わわせたところから一気に突き落とすような作品も投げ込んでいくと、作品集として効果的であるように思われるのだが。
(2006年3月4日読了)