読書感想文


寝ずの番
中島らも著
角川文庫
2006年2月25日第1刷
定価400円

 上方落語の大看板、笑満亭橋鶴が死んだ。一番弟子の橋次が、死の直前に師匠に「見ておきたいものはないか」と尋ねると、「そそが見たい」と言うではないか。弟弟子の橋太の妻茂子が呼び出され、夫の師匠の臨終直前になんと「そそ」を見せろと言われる。師匠の真意はどこにあったのか……。通夜の席で師匠の思い出話を語り合う弟子たちや落語作家の小田先生であったが、「らくだ」さながらに死人のカンカン踊りをさせてみてはと発案するものがいて、通夜の席は大騒ぎに……。
 六代目松鶴をモデルにしたとおぼしき落語家の通夜の席での人物をスケッチしたという感じの短篇集。「寝ずの番II」ではその弟子の橋次(モデルは桂歌之助と思われる)の、「寝ずの番III」では師匠のおかみさんの志津子ねえさんの通夜の席を描く。
 実際にあったエピソードをちりばめつつ、おかしくも哀しい通夜の席の様子がいきいきとした筆致で描き出されている。圧巻は「寝ずの番III」で、芸妓時代のおかみさんを橋鶴と争ったという鉄工所の元社長と橋太が春歌を競い合う場面である。よくまあここまで次々と下世話な歌をくり出せたなと思うほどである。それでいてお下品でお下劣な話かというとそうはなっていないのが作者のみごとな腕である。
 人間のもつあほらしさというかおかしさというか情けなさというか立派さというか、まあそういうものを、通夜という特別な席を舞台にしてあざやかに読み手に示してくれる。亡くなって仏になったからといって、故人が急に立派になるわけでもなし。でも、そこで語られる思い出話は、故人の姿を裏表なく浮かび上がらせる。
 作者の人間を見つめる醒めつつも温かい視線が感じ取れる三部作である。

(2006年3月12日読了)


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