オペラはどのようにして生まれ、発展し、変容してきたのか。そして、オペラを支える聴衆はどう変遷していったのか。本書は、オペラというものの誕生から現代にいたる歴史を概括したものである。十八世紀までは、オペラは王侯貴族の娯楽であった。彼らは社交サロンとしてオペラ劇場を使用し、舞台に登る歌手が主役であり、作曲家たちは職人的に決められたパターンのオペラを量産させられる「職人」であった。しかし、モーツァルトの技巧的な作曲によりオペラは質的に変化していく。フランス革命が起こり、オペラを受容する層はブルジョア市民にとって代わられた。彼らは自分たちのステータスを保持するためにオペラ劇場に通った。オペラは現代の映画よろしくスペクタクルとロマンスの一大娯楽に変わっていったのである。マイアベーアを中心とするグランド・オペラの誕生である。しかし、十九世紀末になると主役は歌手から作曲家に代わり、ワーグナーの登場でその頂点を極める。二十世紀に入り、第一次世界大戦を経て、オペラはその娯楽の王座を映画に譲る。かつてなら優秀なオペラ作曲家になったであろうコルンゴルトやニーノ・ロータなどは映画音楽のスペシャリストとなったが、その作曲技法は明らかにオペラの系譜をひいている。オペラは、時代の変化とともにその役割を終えたのである。
本書は現代の私たちのためのオペラガイドブックではない。ここではマイアベーアをはじめとする、その時代では最高の人気を誇った作曲家たちに記述の多くが割かれている。著者は「時代」を綴ろうと試みているのだ。絶対王政から市民革命の時代を経て、大衆化社会にいたる歴史を、オペラの変遷というモチーフを使って説いてみせたといっていいだろう。
オペラから娯楽の王座を奪った映画も、既にテレビにその座を譲り、そのテレビもビデオなどのために役割を変えつつある。これから時代がどのような変化を見せていくのか。本書で著者が解き明かしていった時代の変化の様子は、これからの社会の行き先を示唆するものになっているのではないだろうか。
(2006年3月17日読了)