著者は朝日新聞の本編集委員で、「素粒子」蘭を長く担当してきた人物である。著者が担当していた時期の「素粒子」は世相を短文でうまく切り取りつつ、的確な批評をしのばせていた。さらに、湯豆腐で一杯やるのをこよなく愛し、阪神淡路大震災については担当を交代するまで毎日欠かさずその被災者について、あるいは行政の対応のまずさについて書き続けていた。無署名の小さなコラムであったが、書き手の個性が現れていた。現在の担当者である河村編集委員には申し訳ないが、文章のうまさでは本書の著者の方が格段に上であったと思う。
それはおそらく社会部という部署にながらくつとめ、市井の人々の生き方を見つめてきたからだといえるのではないか。本書では時代を飾った名言を100集めてその時代背景や言葉の持つ意味を解説しているが、その中には大震災の被災者の「もう行け、もう行け」という言葉やいきつけの店の主人の「夏だっておでんですよ。うちは、おでん屋なんですから」などという言葉も含まれている。
本書は人生の教訓を教えようという「名言集」ではない。同じような言葉でも時代によってどう受け止められ方が違っているか、時代によって政治家や文化人、経済人がどのように言葉を変えてきたかということを記した証言集なのである。
本書を読むと、現代という時代の危機が深刻であることを感じさせる。発せられた言葉の品格や程度の低さは、著者がなるべくいい言葉を選ぼうとしているにもかかわらず自ずから浮かび上がってくるのだ。
(2006年5月5日読了)