入滅目前の弘法大師が弟子たちの前で自分の生涯を語り始める。四国の山中で修験者と出会い、密教の存在を知った少年時代。奈良の都で南都六宗の経典を学び、奥州にまで足を運んで蝦夷たちと坂上田村麻呂の戦いに関わった青年時代。そして遣唐使の一員として唐土に渡り、密教の奥義を極めた壮年時代。帰国後、密教を日本に定着させるための苦労や最澄との敵対関係など老年にいたるまで、物語は空海の波乱万丈の一生をたどっていく。
佐伯真魚と名乗っていた少年期の物語が面白い。修験者との出会いだけでなく、空海がなぜ土木事業や鉱業にも通じていたかを、少年期の経験という形で指し示している。伝説にもない空海の少年時代の見聞が作者の手によって創造されていく様子は、その好奇心に満ちたキャラクターとあいまって、濃密な時間を作り出している。
ところが、遣唐使以降の物語は、史実を追うことが中心となっていて、小説ならではの想像力が今一つはたらいていないように思われた。そこでは密教に関する説明が主題となり、密教の奥義を短期間で獲得していく超人空海の凄味があまり重く迫ってこないのである。
空海という超人の伝記に果敢に挑戦した作者の思いは十分に伝わってくる。ただ、それがダイナミックなドラマになる手前で抑制されてしまっているのである。少年期の物語をもっとじっくり書き込み、入唐以降はさらりと流すくらいがちょうどよかったのかもしれない。
(2006年8月5日読了)